“エースキラー”挑む五輪へのラストチャンス

[ 2008年6月6日 07:19 ]

 日本屈指の守備の達人は、順風満帆とは対照的な競技人生を歩んだ。バスケットボール女子の北京五輪世界最終予選(9日開幕・マドリード)の代表に選ばれた石川幸子(29)=シャンソン化粧品=は「不器用の塊みたいなもの。自分でも(競技を)よくやめなかったと思う」と笑った。

 兵庫の甲子園学院高時代に名をはせたが、シャンソンで常時出場できるようになるまでに7シーズンを費やした。身体能力が高くても技量が伴わない。戦力外を言い渡される寸前で、活路を開いたのが守備だった。
 当時の鄭周鉉(チョン・ジュヒョン)監督に「相手選手の特徴を3分間でつかめ」と繰り返し言われた。得意技やシュートする間合い、ドリブルの癖…。敵を丸裸にするため事前のビデオ分析も怠らない。「絶対に負けないという気持ちで取り組んだ」。ついに相手の点取り屋を封じ込める仕事ぶりで「エースキラー」の称号を得た。
 2005年に初めて日本代表になったが、日本が五輪切符を逸した07年アジア選手権はスタンド観戦を強いられた。06年秋に右ひざの前十字靱帯を断裂した178センチの石川の不在は痛手だった。
 最終予選は親友の思いも背負う。高校の同級生で、アジア選手権の主将だった榊原紀子(トヨタ自動車)はけがで戦列を離脱。見舞った病室で夢の実現を託された。「紀子の分まで負けられない」と静かな口調に闘志をにじませた。

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2008年6月6日のニュース