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レイラック滋賀J3昇格!ひこにゃんも大喜び 沼津に2戦合計4―3で発足20年目悲願成就

[ 2025年12月15日 05:30 ]

J3・JFL入れ替え戦 第2戦   滋賀1―1沼津 ( 2025年12月14日    愛鷹広域公園多目的競技場 )

<沼津・レイラック滋賀>集合写真撮影に納まるレイラック滋賀の選手、スタッフたち(撮影・西海健太郎)
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 滋賀からJクラブが誕生する。JFL(日本フットボールリーグ)2位のレイラック滋賀がJ3最下位の沼津を2戦合計4―3で破り、来季のJ3昇格を決めた。引き分け以上で昇格が決まるアウェーでの第2戦は1―1のドロー決着。23年から3年計画で本格強化を進め、チーム発足から20年目に悲願を成就させた。全国でJクラブ経験のある都道府県は43に増える。沼津は来季、JFLに降格する。

 また一つ、Jリーグの歴史が動いた。運命の第2戦。前半22分にMF秋山のヘッド弾が均衡を破り、主導権を握った。運動量は最後まで落ちない。レイラック滋賀の悲願を告げる笛が鳴ると、琵琶湖の水面のように青く染まったゴール裏はお祭り騒ぎだ。彦根市のゆるキャラ「ひこにゃん」が描かれた巨大フラッグが誇らしげにはためく。「滋賀県のサッカーの歴史が変わった一日になる」。選手の手で3度宙に舞った角田監督は言った。

 06年のチーム発足から20年がたつ。08年のJFL入会は岡山、北九州と“同期”。Jリーグ入りの最初の難関となる全国地域リーグ決勝大会(現地域CL)を、J1の町田や長崎よりも早く突破した。しかし、その後はJリーグを目指しながら強化が進まず中位が定位置。14年に創設されたJ3も、資金面やスタジアムを理由に入会が見送られた。

 創設者の権田五仁会長が「マンネリ化していた」という状況は、3年前に急展開を迎える。22年にリーグ最下位。降格こそ免れたが、危機感を募らせたクラブは経営体制の刷新に踏み切った。首都圏の企業から買収の打診もあったが、県内の企業が筆頭株主となり、地元とのつながりを強固にした。23年に現クラブ名に改称。県勢初のJクラブ誕生へ機運を高めていった。

 チーム運営費は23年から約3倍増の3億円超。現在は選手の大半がプロ契約を結ぶ。3年計画の最終年となった今季は、16年リオ五輪代表のGK櫛引ら実力者を補強した。リーグ戦は過去最高の2位。球際の攻防にこだわり、この日も格上の沼津と引き分けた。

 これで43都道府県目のJクラブ誕生。琵琶湖カラーのユニホームを着た「ひこにゃん」からも祝福が届いた。櫛引が「スタートラインに立っただけ」と言えば、権田会長は「Jリーグ昇格は通過点。滋賀の象徴をつくりたい」と話す。琵琶湖だけじゃない。全国に滋賀の名をとどろかせる挑戦は、まだ動き出したばかりだ。 (坂本 寛人)

≪全国制覇あと4県≫
 ○…レイラック滋賀がJ3昇格を決め、Jクラブ経験のある都道府県は43になった。J不在県は福井、三重、和歌山、島根の4県。日本地図では福井~滋賀~三重の空白地帯が東西を分断していたが、滋賀の“昇格”で東西もつながった。

 ▽レイラック滋賀FC 05年に活動開始した中学生チームが源流。06年、廃部になった佐川急便京都を譲り受けてトップチームが発足した。08年からJFL。23年にMIOびわこ滋賀から現クラブ名に改称。スペイン語でキングを意味する「レイ」とフランス語で湖を意味する「ラック」が由来。シンボルの琵琶湖(レイク)に宿るパワーで幸運(ラック)をつかみ取るという願いも込められている。ホームタウンは草津市、東近江市、彦根市を中心とする全県。クラブカラーは淡い青と紫。

≪滋賀県アラカルト≫
 ☆6分の1は琵琶湖 近畿地方の東部に位置し、人口約140万人。県庁所在地は大津市。琵琶湖が県土の約6分の1を占める。

 ☆ゲジゲジ 「滋」のイメージから関西ではゲジゲジとディスられる。大阪、京都からけなされた際の決めゼリフは「琵琶湖の水止めたろか」だが、水を止める権限は国にあり滋賀にはない。

 ☆著名人 サッカーでは井原正巳氏、05年度に野洲高で全国制覇した乾貴士ら。その他、桐生祥秀(陸上)、西川貴教(歌手)、石田三成(戦国武将)ら。

 ☆マスコット 彦根市の「ひこにゃん」が有名。道路に飛び出す子供をモチーフにした「とび太君」も。

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