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野人ジョーカーの極意「格好つけないで、戦う姿勢見せろ」

[ 2018年5月1日 09:42 ]

【レジェンドからの言葉(4)岡野雅行】

スーパーサブとしての極意を語る岡野氏
Photo By スポニチ

 98年W杯フランス大会に出場した岡野雅行氏(45=J3鳥取GM)は、スーパーサブの代名詞的な存在だった。爆発的なスピードでピッチの雰囲気を変え、日本が初のW杯出場を決めた97年11月16日のイラン戦では、ゴールデンゴールを記録して“ジョホールバルの歓喜”を演出した。限られた出場機会の中、大一番で力を発揮する極意を語った。

 98年6月20日。気温34度の猛暑の中、ナントで開催された1次リーグ第2戦のクロアチア戦でW杯初出場の機会が来た。0―0の後半16分、中山に代わって投入されると、全力疾走するだけで日本サポーターが7割を占めた会場が沸いた。スピードを生かして、チャンスメーク。得点に絡めず0―1で敗れたが、約30分の出場時間で持ち味は出した。

 1次リーグ3戦全敗に終わったフランス大会で岡野氏がピッチに立ったのは、この1試合だけ。20年がたち「2度ぐらい最終ラインを突破できたので、やれたな、という感覚はありました」と振り返る。スーパーサブとしての調整法を「試合にピークを持っていくためには自分を知ることが大事。これをやればいいとかダメとかはない。人それぞれ。もちろん全体練習はしっかりやるけど、自分と相談しながらの調整もした。僕の場合は本気でダッシュすれば1歩目でだいたい状態が分かる。疲れをためてもダメだけど、筋肉が緩みすぎてもダメ。そのバランスを考えていた」と明かした。

 “ジョホールバルの歓喜”によって、切り札のイメージが定着し、途中出場が増えることになったが、練習で手を抜くことは一切なかった。「12人目以降の選手がチームのために何ができるか。一番は練習を本気でやること。その姿勢はチーム全体に伝わる。練習中は、どんどんけんかをしていい。しっかり向き合って話をすれば、顔を見るだけでやりたいことが分かるようになってくる」。当時の紅白戦は本番さながらの緊張感。選手間で激しくプレーを要求し合っており、何度も口論が起きたという。

 現役時代の岡野氏はベンチでは常に客観的な視点で戦況を見ていた。

 「試合に出る前はお客さんの反応を見ていた。試合を見ている立場だったら途中から出た選手がどんなプレーをしたら楽しいと思うか、と考える。どの試合にも共通するのは、とにかく格好をつけないで戦う姿勢を見せること。体を張り最後までやりきることが一番伝わるし、それができれば勝つチャンスも出る。そこが日本の強みでもあると思う。W杯で美しいゲームはなかなかできない。国を背負う誇りを持って、泥くさく、粘り強く戦えるか。きれいなサッカーで勝てるのはブラジルぐらい」

 日々の練習も本番も、100%で泥くさく。原点である日の丸に対する情熱と誇りが、限られた時間で結果を出す極意だった。

 ◆岡野 雅行(おかの・まさゆき)1972年(昭47)7月25日生まれ、神奈川県横浜市出身の45歳。日大を3年で中退して、94年に浦和入り。神戸、香港1部天水圍飛馬などを経て、13年にJ2鳥取で現役引退した。浦和では06年にリーグ制覇、07年にACL制覇を経験。J1通算301試合36得点。国際Aマッチ通算25試合2得点。17年にJ3鳥取のGMに就任。愛称は「野人」。1メートル75、71キロ。血液型B。

 ≪次世代ジョーカー、乾が筆頭候補≫試合の流れを変えるジョーカー候補の筆頭は乾だ。スピードに乗ったドリブル、トリッキーなパスなどで攻撃に変化をもたらすことができる存在。ドイツで結果を出している武藤とともに先発に食い込む可能性も。3月のベルギー遠征で存在感を示した中島のゴールに向かう姿勢も魅力。浅野は所属クラブで出場機会から遠ざかるのがネック。日本代表はハリルホジッチ監督から西野監督に交代したことで、南野、堂安らが逆転招集される目もある。

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