【根本師 独占手記】愛弟子100勝を祝福!菜七子はもう「プロフェッショナル」

[ 2019年12月16日 05:30 ]

16年3月3日、川崎競馬でのデビュー戦を終え笑顔の根本師(左)と菜七子
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 菜七子の恩師である根本康広調教師(63)が、愛弟子の通算100勝を記念して、スポニチ本紙に独占手記を寄稿した。現役時代は87年日本ダービーをメリーナイスで制した第54代ダービージョッキー。同師の厩舎開業時からのポリシーは「トレセンで育てるのは馬ばかりとは限らない。私は強い人間を育てたい」。だからこそ、菜七子も芯の強い騎手に日々成長している。

 菜七子、100勝おめでとう。今年はスウェーデン(ウィメンジョッキーズW杯)で女性騎手の世界1位になったり、重賞初勝利、節目の100勝達成、と大きな自信がついた年になったんじゃないか。私は交流重賞初勝利となった「東京盃」にお忍びで大井に応援に行きました。勝った後にファンエリアから「菜七子ーっ!!」って叫んだら、あの歓声の中でも気付いて駆け寄って来てくれましたよ。本人は「何でいるんですか!?」って驚いた顔をしていましたね。私の弟が後ろからそのシーンを動画で撮ってくれたんだけど、貴重な映像になったんじゃないかな。周りのファンの方は「この人、何者だ?」ってザワザワしていましたよ(笑い)。最近は「菜七子ちゃんはもう子供じゃないんだから(応援に)行っちゃ駄目」と家族に叱られます。

 おかげさまで、菜七子はたくさんの調教師や馬主さんに可愛がっていただけるようになった。一流馬がたくさんいる厩舎の調教にもまたがって、馬のつくり方も学べているんじゃないでしょうか。元々、菜七子は調教でもズバッと「もっとこうした方がいいですよ」と言ってくるからね。ただ、あまり走る馬のまねをしようとしても「普段からそんなに追い込んだら壊れちまうよ」って私がセーブする時もあります。

 もうすっかり私の手は離れました。昔は私がいろいろと面倒を見ていたのに、最近は後で“そうなの!?”って事後報告が増えてきた。彼女はもうプロフェッショナル。重賞をしばらく勝てなくてマスコミや周囲はその度に騒いだけど、本人はあっけらかん。もちろん敗戦の反省はするけど、必要以上に引きずらない。

 横で見ていてもオンとオフの切り替えが凄くうまくなった。逆に東京盃で初めて重賞を勝った時も「先生、勝てました」ってくらいのものですよ(笑い)。余韻に浸っているような雰囲気もなかったですね。記念品とかも置きっぱなしだったりするし、自分の記録とかにはこだわりがないのかもしれないですね。

 菜七子との一番の思い出は古い話になるけど、やっぱりデビューの川崎騎乗(16年3月3日)。私が車で送って行ったのですが、車内でも普段と全く変わらない様子だった。私は何人も弟子を持ちましたけど、普通ならこういうシーンは「川崎ってどう乗ればいいんですか?」とか聞いてくるもの。何を話したかは忘れましたが、菜七子は何てことない世間話で笑っていました。この子は肝が据わっていると思いましたね。

 そして初戦。他の馬が暴れてスタートが遅れたんです。菜七子はレース前はさすがにガチガチだったと思うけど、あれでホッと落ち着ける時間ができた。そのレースで普通に回ってきて、「あれ?乗れるじゃん」と関係者に思わせたことが本当に大きかった。久しぶりの女性騎手誕生に、まずは「危なくないの?」って見方が大半でしたからね。あの一戦がその後のオファーにつながった。

 正直、これほど順調に活躍できるとは夢にも思っていなかった。自身の努力と少しの運。全てはJRAの前に乗ったひな祭りデビューの川崎が彼女の始まりだったと思います。(JRA調教師)

 ◆根本 康広(ねもと・やすひろ)1956年(昭31)1月31日生まれ、東京都出身の63歳。77年騎手デビュー。明るいキャラクターで「美浦のひょうきん族」の異名を取り、97年に引退するまで通算2633戦235勝(重賞14勝)。88年公開の映画「優駿 ORACION」にも出演。98年に調教師として厩舎開業。現在、菜七子以外に丸山元気、野中悠太郎が所属。

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