松崎しげる ブレーク前に夜な夜な即興曲を歌った仲間は…後の名優「ブタとゴボウって有名だった」

[ 2026年4月29日 20:41 ]

松崎しげる
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 歌手の松崎しげる(76)が、29日放送のフジテレビ系「奇跡体験!アンビリバボー 2時間SP」(後7・00)に出演し、紆余曲折の歌手人生で出会った、後の超有名人たちについて語った。

 「誰もが知ってるレジェンド☆キセキの爆誕SP!!」と題し、各界レジェンドたちの知られざる半生を紹介する特番。野球選手を夢見た松崎は、肩と肘に大ケガを負い、断念した。荒れに荒れ、ケンカに明け暮れる日々。親が学校に呼び出されることも。失意の松崎に、父は「挫折という、めったにできない経験をしているんだ。くさらずにその経験を生かせ」と、努めて前向きに激励してくれたという。

 そんなある日、同級生たちに誘われてバンドを結成。見いだしてくれたマネジャーの尽力で、グループサウンズ「ミルク」としてデビューした。ところが、既にGSブームは下火に。バンドを解散し、ソロ歌手として再スタートを切った。こちらも鳴かず飛ばずで、CMソングを歌う歌手として活動を続けたという。ひょんなことから出会った男と、夜な夜な六本木の飲み屋で即興ソングを披露する日々だった。

 歌唱力は折り紙付きで、CMソング歌手としては地道ながら評判を勝ち取っていた。ある日、スペインでの音楽祭に誘われ、出場することに。即興で組んだバンドで、エントリー締め切りの直前に完成したのが、「愛の微笑」という楽曲だった。音楽祭で最優秀賞を受賞した松崎は、同曲をCMソングにアレンジした「愛のメモリー」が60万枚を超える大ヒット。ようやく歌手人生が好転した。

 松崎の人生で関わってきた人物は、多くがその後、レジェンド級の活躍を見せていた。かつてのバンド仲間は、解散後にガロを結成。「学生街の喫茶店」の大ヒットで一躍、人気者になった。

 六本木の即興曲仲間は、俳優の故・西田敏行さんだった。松崎は「六本木で、僕はお金がないから、弾き語りをやっていた。そのたびに西田が遊びに来て、“俺も歌う”って。“おいマツ、俺も歌うからよ!これ弾け!”って」と、今は亡き友との思い出を回顧。「六本木で僕ら、“ブタとゴボウ”って、有名だったんです」と笑わせた。さらに、最初に松崎たちを見いだしてくれたマネジャーは、宇崎竜童だという。

 松崎の代名詞となった「愛のメモリー」は、夏の全国高校野球選手権大会の入場曲にも使われた。松崎は「ガキだったころの夢が、自分の仕事の歌で出場できたというのがうれしくて」と、バックネット裏で涙したことを明かした。

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