山田邦子 「ひょうきん族」出演当時の最高月収ぶっちゃけ 「みんなそのぐらい」も渡し方に「危ないよね」

[ 2026年3月8日 18:23 ]

山田邦子

 タレントの山田邦子(65)が8日放送のフジテレビ「なりゆき街道旅」(日曜正午)にゲスト出演。かつての最高月収をぶっちゃける場面があった。

 山田はテレビに出始めたのは20歳ぐらいと振られ、「短大の頃からもうテレビ出ちゃってて」と振り返った。短大卒業後は建設会社に就職予定だったが「スカウトされちゃったの途中で」と卒業と同時に本格デビューを果たしたという。

 もともと「お笑いは好きだった。いわゆる学校の人気もんよ」と山田。「事務所は出だし入っていなかったの。フリーだったの」としたものの、6カ月後には「『オレたちひょうきん族』が始まるけれども、“君は学生の時テレビにいっぱい出てた子だよね”っていうことで“『ひょうきん族』出ない?”って言われちゃって。“いくらですか?”って言って」と質問したと打ち明けた。

 「フリーだからさ。値段聞くからさ」と平然と語り、当時は「OLの手取りって12万ぐらいだったの」と回顧。「学生の時からそのくらい稼いでたんで、なんだ、安いなあ~と思っていて」と語り、「そしたら『ひょうきん族』がいいお金を言ってくれたので。それで『ひょうきん族』の頃に事務所入ろうってなって。『ひょうきん族』のリーダーは(ビート)たけしさんだったから、(当時)たけしさんのいる事務所に入った」と太田プロに入ったと目を細めた。

 ギャラは「『ひょうきん族』の途中くらいから歩合っていうのになって。歩合って最初聞いた時、ああクビなんだと思って」と歩合制について分かっていなかったというが、たけしからは「来月になったら分かる」と言われたという。すると「来月になったらね、お給料が6倍だったの」と声を弾ませた。

 「Kis-My-Ft2」の二階堂高嗣は「バカなふりして聞きますけど、最高月収いくらですか」と直球質問。山田は「バブルっていう時代があったのよ。ヘリコプターに乗って移動したりね。終わればいつもドンチャン騒ぎの打ち上げが必ずあるのね」と前置きした上で「その頃はまあひと月1億円ぐらい、月収がね」とぶっちゃけた。

 これに二階堂とMCの「ハナコ」岡部大は「ひと月で」と絶句し固まった。山田は「ちょっとあたしだけじゃない、まばたきしてくれる?みんなそのぐらいもらってたのよ」と言い切った。岡部が「すげえ」と続けても、山田は「凄くないよ。今トップの人たちはそのぐらい稼いでるよ」と語った。

 当時の太田プロは現金での手渡しだったとも明かし、二階堂は「現金手渡しはヤバいよ」と仰天。山田は「毎月現ナマでもらっているから、どのくらいって形で分かるよ。デパートの紙袋みたいなのに入っている。でもピン札だと1億ってこのくらいだよ」と両手を使って説明し、「危ないよねえ」と苦笑した。

 「そのまま銀行に行けるわけじゃないから、事務所に行けないときなんて、楽屋に届いちゃったりするから。嫌な話だよね、のどかっていうかね」とあきれたように話した。

 

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