松岡昌宏 芸能界に入って初めての仕事振り返る「その次の号は井ノ原と国分さんに会うワケです」

[ 2025年11月30日 10:38 ]

松岡昌宏
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 元TOKIOの松岡昌宏(48)が30日、自身がパーソナリティーを務めるNACK5「松岡昌宏の彩り埼先端」(日曜前7・00)に出演。芸能界入り当初の仕事について語る場面があった。

 リスナーから今年相次いだアイドル雑誌の休刊について「最後の号には松岡君がコメントされていたので記念に購入しました」といったメッセージが寄せられた。

 松岡は「コメントさせてもらいましたけど、やっぱり生まれて初めてのお仕事が『Wink Up』だったんですね。1990年の2月号だったのかな。ドキドキボーイズって言ったかな、それで俺は初めて雑誌に出たんだけど」と回顧。「その次の号は井ノ原(快彦)と国分(太一)さんに会うわけです。そこでSMAP学園という、SMAPのバック専門のグループだよってことで」と振り返った。

 「Wink Up」「POTATO」「Myojo/明星」「Duet」「近代映画」「ベストワン」といった当時発行されていたアイドル雑誌を挙げ、「たくさん思い出あるよ。本当にアイドル誌が第1段階って言っていいのかな。当時のアイドル、俺らがアイドルと呼ばれていた時代の第1段階を育ててくれるのは、間違いなくアイドル雑誌のスタッフ、カメラマン」と感謝。

 とはいえ「本当にアイドル誌の皆さんには、とてもとてもご迷惑をおかけした気がします。生意気だったし」と松岡。写真撮影で笑わないなど、非協力的なこともしてきたことを明かし、「いや、懺悔(ざんげ)だよ。本当にアイドル誌さん、ごめんなさい。だから俺、絶対、お別れのコメントをちゃんと出したいって言って出したらそこなんだけど。でもそれも含めて、やっぱり青春の1ページだったんですよ。アイドル誌というもののお仕事で、自分が芸能人であるということと、自分がアイドルになれたんだっていうことを確認させてもらえる場所だった。だから本当に当たり前のようにアイドル誌というものが身近にあって、アイドル誌のスタッフの人が大変だったと思うけど育ててくださった」と話した。

 「これをもし聞いてる当時のアイドル誌のスタッフの方がいたら、“ふざけんじゃねえ、この野郎”って思うと思いますが。私、松岡は、あなた方のおかげで大人にしていただきました。この場を借りてお礼を言わせていただきます。本当にありがとうございました。アイドル誌、大好き!いや、でも本当、本当にありがとです」と感謝した。

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