山本昌氏 ドジャース4軍の控え内野手に教えてもらった変化球「アメリカだったからこそ覚えられた」

[ 2025年8月2日 18:46 ]

山本昌氏
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 50歳まで現役を続け、通算219勝を重ねた元中日・山本昌氏(59)が2日放送のフジテレビ系「ジャンクSPORTS」(土曜後5・00)に出演。代名詞となったスクリューボール習得の裏話を披露した。

 プロ野球OBの速球派、技巧派が集結。「速ダマVS曲げダマ」と題し、さまざまなテクニックや苦悩を語り合った。

 プロ入団時、直球、カーブ、スライダーしか球種がなかったという山本氏。プロ5年目の1988年2月にドジャースに野球留学。キャンプでスクリューボールが武器のレジェンド左腕、フェルナンド・バレンズエラ投手に握り方を教わったことを明かした。しかし、簡単にはいかず、「全然投げられなくて。悔しくて悔しくて、ボールを毎日ずっと触っていた」と振り返った。

 シーズンに入ると、4軍に配属されたという。「ショートの控えの内野手が遊びで変化球を放ってた」と野手がキャッチボールで遊んでいたのを見かけ、「その人のところに行って、“教えて”って言って」と話しかけた。「それでボールを投げたら、ちょっと曲がったんですよ」と驚きの経緯を明かし、「2日後くらいに試合で使ったら、相手の4番打者から三振がとれた」と懐かしそうに話した。

 そして、「日本で握り覚えても、日本はまずコーチに相談して、コーチが仕上がって“使っていいよ”と言うまで使えない」と日本球界の事情に触れつつ、「アメリカは自由なので、なんでもやれたから、アメリカの4軍だったからこそ覚えられた」と運命的な出会いだったことをしみじみと語った。

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