戻ることが、前に進むことだった──「タイトル未定」山下彩耶、もう一度夢を見るために

[ 2025年7月25日 15:00 ]

【画像・写真②】「仰いだ空に終わりも始まりもない」──「タイトル未定」山下彩耶、「空は5人全員が主役になれる歌」(撮影・多田萌加)
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 5人組アイドルグループ「タイトル未定」の山下彩耶が、東京・渋谷でソロインタビューに応じた。かつて16歳で単身上京し、約4年半、別のアイドルグループで活動。卒業後は地元・北海道に戻ってから再びステージに立つまでには、幾度もの迷いと決断があった。(「推し面」取材班)

【山下彩耶 連載①】「空は5人全員が主役になれる歌」

 2024年末に新加入して7カ月だが、芸能活動を始めたのは中学生の頃まで遡る。全道で展開された広告キャンペーンのキャラクターやテレビCMにも出演した。「これからも、家族や友人が喜んでくれるような活動がしたい」。そんな思いが原点だ。

 最初の転機は、中学3年の終わり。当時メジャーデビューもしていた「夢みるアドレセンス」のオーディションを受けるため、北海道から本州へ半年間かけて往復した。最終審査に残った北海道出身者は彼女ひとり。イベント出演のたびに東京や関西を一人で移動し、ホームシックや不安に押し潰されそうになる日々が続いた。

 「身体も心も限界でした。でも、“絶対にあのステージに立つ”って決めてたから。どうしても出たかったんです」

 合格が決まったのは高校進学のタイミング。16歳で親元を離れ、東京へ。だがオーディション中に悪化したぜん息の影響で肋骨を骨折。コルセットを巻いたままのお披露目ライブに、意地と決意で立った。

 そこから約4年半、アイドルとして東京で走り続けた。センターを務めた時期もあった。やがてMCやトークも任され、「バラエティ班」として現場を支える立ち位置に。早くから社会に出た経験が、大人との関わり方や空気の読み方を自然と身につけさせた。それは今、「タイトル未定」のレギュラー番組などでも活きている。

 20歳を迎えた節目に卒業を選び、北海道に戻った。「もうアイドルはやらない」。自分にも、周囲にもそう言い聞かせていた。

 地元に帰ってから、タイトル未定のワンマンライブを初めて見たときに心が動かされた。「北海道の顔になりたい」というグループのビジョンが、かつて中学生だった自分の夢「家族や友人が見て喜んでくれるような場所で輝く」とも重なった。「タイトル未定じゃなければ、私はまたアイドルになっていなかったと思います」。再びステージに立つことを決意した。

 だが、加入後すぐに足に蜂窩織炎(ほうきしかえん)を発症。約2カ月間ライブ活動を休止し、バンドセットでのワンマンライブにも出演できなかった。5月にステージ復帰を果たしたものの、あの悔しさは今も胸に残る。

 それでも歩みを止めない理由がある。「特定の言葉じゃないんですけど、“努力で大抵のことはどうにかなる”って、ずっと思ってきました。もちろん、ちゃんと休むことも大事。でも、毎日続けていれば、きっと結果は出る」

 再びステージに立つと決めたその日から、そしてこれからも「北海道の顔になる」という夢を仲間と追い続けていく。

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