【細川たかし 我が道23】歌う前日は一滴も飲みません かつてはヘネシー1本一気飲み大会も

[ 2025年6月24日 07:00 ]

歌の仕事を終えて車中で一杯…たまりません

 実は好き嫌いが激しくて、普段は決まったものしか食べない傾向があります。例えば、北海道出身なのに乳製品が苦手です。子供の頃から牛乳がダメで、チーズもダメ。必然的にピザも好きではない、という具合です。その一方で、とにかく酒は大好きです。ひと通りの酒は飲んできましたね。

 もともとナイトクラブ出身なので「飲めません」は通用しません。「浪花節だよ人生は」の歌詞ではありませんが、飲めと言われたら素直に飲むタイプです。自分がそうですから、周囲にも要求することがあったかもしれません。ハハハ。しかし、どうせ飲むなら、明るく楽しく飲もうよというタイプ。一言でいえば、陽気な酒ですね。

 昔はもっぱら「ヘネシー」「レミーマルタン」とブランデー派でした。デビュー当時、高級酒の代名詞はブランデーの時代。自分が稼いだ金で早く飲めるようになりたいと願った憧れの酒でした。劇場で座長公演をするようになり、1カ月公演が終わった打ち上げの宴会は「ヘネシー」の出番でした。座長である自分が手本を示さなければなりません。アイスペールに氷を入れ、「ヘネシー」1本を丸ごと注ぎ、一気飲みをして見せるのが常でした。打ち上げには出演者やスタッフら100人ぐらい参加し、全員でヘネシーの水割り「一気飲み大会」でした。ボトル1本で水割り20杯は作れるのですが、あっという間にヘネシーの空き瓶だらけになりました。

 次第に飲みすぎるのは体力的にきつくなり、司会者だったスタッフから、ビールに氷を入れる飲み方を教わりました。確かに飲みやすく、しばらく実践しました。ある時は、西城秀樹くんと「レモン会」という飲み会を結成し、「吉四六(きっちょむ)」という麦焼酎にレモンを入れる飲み方に凝りました。これは無性にノドが渇くのです。巨人の原辰徳さんと「甕雫(かめしずく)」という芋焼酎にはまった時期もありました。

 最近はもっぱら「ロイヤルサルート21年」というシーバスリーガルのウイスキーです。2年前、たまたま空港の免税店で見つけて購入。ホテルで飲んでみたら、飲みやすかったので気に入りました。氷と炭酸を入れてハイボールにもしますが、家で飲む時はほとんどお湯割りです。体調を考えてのことです。しかし、4時間ぐらい飲むこともあり、結局、10杯から15杯ぐらい飲んでしまいますね。

 それほど酒が大好きですが、翌日歌う仕事がある時は一滴も飲みません。これだけは自分に課している絶対の約束事です。プロの歌手として、お金をいただいて歌をお聞かせする以上、万全の体調で歌うことが使命です。これまで好きなだけ酒を飲んできましたが、これだけは守ってきたので50年間、大病もせずに歌ってくることができたと自覚しています。もっとも、そうして我慢をする時間を設けるからこそ、仕事が終わった後の一杯がおいしく感じるのかもしれません。

 ◇細川 たかし(ほそかわ・たかし)1950年(昭25)6月15日生まれ、北海道出身の75歳。札幌・ススキノのクラブ歌手時代にスカウトされ、75年4月に「心のこり」で日本コロムビアからデビュー、第17回日本レコード大賞最優秀新人賞。82年「北酒場」、83年「矢切の渡し」で史上初の日本レコード大賞2連覇。84年「浪花節だよ人生は」で同賞最優秀歌唱賞を受賞し「レコード大賞3冠」を達成。ほかに「望郷じょんから」など。

この記事のフォト

「美脚」特集記事

「中居正広」特集記事

芸能の2025年6月24日のニュース