松山ケンイチ 仕事がイチ番の学び デビュー25周年 演技も人間性も成長

[ 2026年4月19日 05:30 ]

笑顔を見せる松山ケンイチ(撮影・大城 有生希)
Photo By スポニチ

【過去と未来の交差点】俳優の松山ケンイチ(41)が2026年のドラマ界で最もホットな活躍を見せている。発達障がいを抱える裁判官、パティシエ、医師に寿司職人…。どの役も自分色にしっかりと染め上げている。一方で、田舎に生活拠点をつくるなど、自然や動物への愛情が深いことでも有名だ。20代前半で出演したある作品で気付いた“コミュニケーション”が、今の松山の大きな土台となっていた。(山内 健司)

 「仕事からの学びがほとんどでした」。高校生だった2001年に芸能界入り。次第に同世代が社会に出て物事を知っていく一方、自身はカメラの前で表現する世界にしかいなかった。だからこそ「自分を変化させてくれた作品はいっぱいあります」とキャリアを積み重ねながら、人間としても成長してきたという思いが強い。

 アクション映画「カムイ外伝」(09年)では、自身のケガによる撮影の中断を経験し「実力以上のことはできないと知らされた」という。終末期医療を描いたNHKドラマ「お別れホスピタル」では死を考えるように。「老衰で死にたい」と思い、そのための生活を意識し始めた。

 複数の作品を挙げる中で最初に口にしたのは、イルカと向き合う獣医師を演じた主演映画「ドルフィンブルー フジ、もういちど宙へ」(07年)だった。「動物はあまり関わりのない生き物。怖い存在」と思っていたが、水族館で眺めてきた以上の近さでイルカと接して考えが一変。「知れば怖くなくなる。人以外でもコミュニケーションできる!愛情を表現し合えるんだ!と思えたんです」

 「何か通じるかなと、どんどん試したくなりました」。今では虫や動物を見かけると、話しかけることが習慣だ。18年からは東京とは別に、田舎にも生活拠点を置き、農作業などを行って自然と触れ合っている。その暮らしの中で、農地を荒らすことで駆除される鹿やイノシシなどの皮が廃棄される現実を目の当たりにし「自分の関係のない世界とは思えなかった」。そして、22年に有害駆除された獣皮を衣類などに利活用することを目的としたブランド「momiji」を設立した。

 メーカーや職人とのやりとりからの学びもある。「それまで外部の方とメールすることがなかった。“〇〇様 お世話になっております”という文言も初めて知りました」。社会人の作法が身に付く機会にもなった。

 このように、人との出会いも勉強だ。棚などを木材から作り上げる田舎の人や、ドラマ監修のプロの料理人らからは「道具への敬意が強く、物ではなく生き物として接している」と強烈に感じる。まさに動物同様に「道具ともコミュニケーションが取れるんです」

 放送中のTBSドラマ「時すでにおスシ!?」では寿司職人を演じている。包丁の扱い方について、身ぶりを交えて「ズバズバズバじゃなく、ズバズバズバスッスッ」と楽しげに説明。切るだけでなく、布巾で奇麗に拭くまでが一連の動作という意味だ。道具への愛情から細かな所作にも魂が宿ることで「一つの演技が大きくなる」。憑依(ひょうい)型とも称され、どんな役も繊細かつありありと見せる演技力の根底の意識が垣間見えた。

 今年で芸能デビュー25周年だが「なんとも思わない」と涼しい表情。職人との企画立ち上げや植物の栽培にも興味津々で「仕事、遊び、生活のバランスを取りながら目の前のものを楽しみ尽くしたい」。何事にもスポンジのように吸収することで、楽しさは常に更新中。「今が楽しいです」と笑顔で言い切る姿は、現在の活躍ぶりさながらに輝いていた。

 《「まさに本物」?不器用寿司職人》TBS「時すでにおスシ!?」(火曜後10・00)で演じる寿司職人は、視聴者から「まさに本物のよう」と好評だ。アカデミーで主人公(永作博美)らの生徒に指導する立場だが、冷たく接してしまう不器用な一面がある。21日放送の第3話では、人と距離を置くようになったきっかけが掘り下げられる。同時に価値観が変化していった様子も描かれる。「いろんな作品から得るもので考え方が変わっていき、アップデートしていく自分と似ていると思う」と役柄を自身と重ね合わせた。不器用な寿司職人の変化に注目だ。

 ◇松山 ケンイチ(まつやま・けんいち)1985年(昭60)3月5日生まれ、青森県出身の41歳。2001年にホリプロ男性オーディションでグランプリ。02年に日本テレビドラマ「ごくせん」で俳優デビュー。06年公開の映画「デスノート」で脚光を浴びた。私生活では11年に小雪(49)と結婚。3児のパパ。1メートル80、血液型B。

続きを表示

この記事のフォト

「美脚」特集記事

「中居正広」特集記事

芸能の2026年4月19日のニュース