元マネジャー・野田義治氏が語るいしだあゆみさん 叱られた日々「私の後から付いてきて、どうするの?」

[ 2025年3月18日 05:20 ]

「ブルー・ライト・ヨコハマ」などで知られる歌手・いしだあゆみさん死去

野田義治氏
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 巨乳アイドルブームの火付け人として知られる元「イエローキャブ」社長で、現在「サンズエンタテインメント」プロデューサーの野田義治氏(78)は1970年代後半から80年5月まで、いしださんのマネジャーを担当。「女性としては可愛らしいけど、仕事に厳しい人で、この業界での師匠だった」という。

 担当した直後、いきなり「あなた(台)本読めるの?」と言われたという。歌手から女優に転身を図っていた時期で、作品の良しあしも分からないなら口出しするなという意味だった。「私はいつも清水の舞台の端を歩いているの。私の後から付いてきて、どうするの?私が落ちても受け止められないでしょう」とよく叱られた。

 逆に「野獣刑事」でヌードシーンに挑み、映画賞を受賞した時や「駅 STATION」の1シーンだけの出演で受賞した際「野田ちゃん、1シーンで出食いっていう言葉知ってる?」と、納得いく仕事ができた時は最高の笑顔で喜んだ姿が可愛らしくて忘れられないという。80年5月にショーケンこと萩原健一さんと結婚した日をもってマネジャーを辞めたが「その後、下ネタもできるようになるほど仲良くしてもらった」としのんでいた。

 ▼和田アキ子(デビュー当初から親交)デビュー当時、私は背が大きいだけで、よく先輩にいじめられていましたが、その時、いつも守ってくれたのがあゆみちゃんでした。同じ大阪出身だったこともあり、私は何かあるとすぐにあゆみちゃんに相談していました。「アコとしゃべると大阪弁がうつるじゃない。女優だから標準語を話さないといけないから大変なんだから」と笑いながらポテトチップスを一枚一枚ポリポリ食べてる姿をよく覚えています。

 ▼藤岡弘、(1973年公開の主演映画「日本沈没」で共演) ヒロイン役のいしださんとは初共演で、青春の思い出。いしださんとしては初のラブシーンだったと記憶していますが、僕も女性に不慣れなもので…情けない話ですがリードしてもらった。目を見てニコッと笑顔を見せて安心させてくれたり、まぶしいほど見事な肢体も印象的。人間性がそのまま演技に出る人でした。またお会いしたかったのに、早すぎます。

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