中山美穂さん急死 前夜は午前2時半にメール「打ち上げどこにする?」の連絡も 関係者ショック

[ 2024年12月7日 04:00 ]

01年、TBS「Love Story」発表会見で笑顔を見せる中山美穂さん
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 ミポリンの愛称で親しまれた1980年代の伝説的アイドル、女優で歌手の中山美穂(なかやま・みほ)さんが6日、東京都渋谷区内の自宅マンションの浴室で死亡しているのが見つかった。54歳。東京都出身。死因は明らかになっていないが、事件性は低いとみられる。中山さんが仕事の集合場所に現れず、事務所関係者が自宅を訪れ発見した。来年のデビュー40周年を目前にした突然の出来事に、列島に衝撃が走った。

 中山美穂さん死去。午後3時前、テレビ各局がテロップで速報を始めた。「信じられない」「大好きだったのに」。ネット上は驚きと悲しみの書き込みがあふれた。

 捜査関係者によると正午過ぎ、事務所関係者が「浴槽の中で亡くなっている」と通報。浴槽で前かがみになって顔がお湯に漬かった状態だった。外傷などはなかったという。

 中山さんは6日夜、大阪でライブを予定していた。本紙の取材によると、午前9時、大阪に向かうためJR品川駅で待ち合わせしていたが現れず、スタッフが自宅に向かい、合鍵で入室。浴槽で動かない中山さんを発見した。中山さんは同日午前2時半ごろ、スタッフに仕事に関するメールを送信している。関係者は「お酒が好きだったので深夜まで飲んで、そのまま入浴したのかも…」と話した。

 1日には横浜でライブを行い、今後の打ち合わせもしていた。現場に急行した関係者によると「5日の夜、今月15日のライブ後の打ち上げをどこでやろうかと、楽しそうにスタッフに連絡してきた」という。仕事は順調だった。来年1月期の香取慎吾(47)主演のフジテレビドラマ「日本一の最低男」にも出演予定で、関係者によると「一部、撮影を終えた」という。もう1本、他局で人気シリーズの新作にも出演予定だった。

 所属事務所は6日夕方、公式サイトで中山さんの急死を公表。自宅前に多くの報道陣が集まった。出入り口はブルーシートで覆われ物々しい空気の中、中山さんの遺体を乗せた車が司法解剖へ向かった。午後8時すぎには妹で女優の忍(51)が自宅を訪れた。

 中山さんは、1985年にテレビドラマ「毎度おさわがせします」でデビュー。歌手としてはWANDSとの共作の「世界中の誰よりきっと」が183万枚以上を売り上げる大ヒット。木村拓哉(52)と共演したドラマ「眠れる森」は名作と言われている。95年に主演した岩井俊二監督の映画「Love Letter」で“大人の女優”へと脱皮。02年には作家の辻仁成氏(65)と結婚し、芸能活動を休止してパリに移住。04年に長男を出産した。辻氏とは14年に離婚している。

 今年2月、本紙の取材に「おばあちゃんになっても歌っていたい」と“生涯歌手宣言”をしていた中山さん。予想もしなかった形で、その幕は閉じられてしまった。

 ≪出入り口シートで覆われ≫午後4時ごろ、中山さんの自宅マンション前に警察車両が到着。規制線が張られ、出入り口はブルーシートで覆われるなど物々しい空気に包まれた。同20分ごろ、中山さんの遺体を乗せたとみられる警察車両が出ると、規制線が解除された。向かいに住む女性は、中山さんが住んでいたと知らず「びっくりしました。悲しいです」と話した。

 中山 美穂(なかやま・みほ)1970年(昭45)3月1日生まれ、東京都出身。TBS「夏・体験物語」でドラマ初主演。87年発売の11枚目シングル「CATCH ME」で初のオリコン週間ランキング1位を獲得した。NHK紅白歌合戦には7年連続で出場。94年には主演を務めたTBSドラマ「もしも願いが叶うなら」の主題歌「ただ泣きたくなるの」でミリオンセールスを記録した。工藤静香・南野陽子・浅香唯と合わせて「女性アイドル四天王」とされた。95年公開の映画「Love Letter」でブルーリボン賞主演女優賞など多くの賞を獲得。

 ≪5日にインスタ更新 美術鑑賞で「心がえぐられ…」≫中山美穂さんは5日にインスタグラムを更新していた。東京・六本木の森美術館で開催中の「ルイーズ・ブルジョワ展」を訪れたことを報告し「2、3日心がえぐられて、一緒に行った友としか会話ができなかった。写真下手だけど、うまくてもなんにも表現できない」と心情をつづっていた。また「私は地獄に行って戻ってきました。そして、言わせてもらえば素晴らしかったです」と英語で記された写真も添えており、ファンから心配の声が寄せられていた。

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