石原慎太郎さん 素顔と作品から浮かぶ分け隔てのない実像

[ 2022年2月2日 05:30 ]

石原慎太郎さん
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 いつ行っても怒られた。

 東京・田園調布の大邸宅。20年以上前の若手記者時代、慎太郎さんの家に向かうのは決まって、問題発言があった時か、親交ある人が亡くなった時。突然の取材だからアポなしでインターホンを押すと、黙って切られるか「忙しいんだ。バカヤロー」と怒鳴られるだけ。でも、空振りで帰ったことは一度もない。必ず答えてくれる、新聞記者にとってありがたい人だった。

 例えば97年に俳優の勝新太郎さんが他界した時。インターホン越しで断られ、そのまま自宅前にいると、玄関ドアを開け「先輩の◯◯さんが来ているんだ。お前がいると思うと気が散る」と言われ、退散しようとすると「勝ちゃんとの思い出はいろいろあるんだよ。でも、俺がアンタに時間を割くわけがない。だって◯◯さんが今いるんだから…」と長々と説明。そして、数時間後の深夜に再訪すると「まだいたのか!バカヤロー。面白いヤツだな」と言いながら、勝さんのために現代版「座頭市」の脚本を書いていたという秘話を明かしてくれた。

 「差別」と批判される発言で何度も物議を醸した人だったが、共同体から逸脱した人や思考をいつも好んだ素顔と文学作品からは、分け隔てのなかった実像が今も浮かぶ。新元号が「令和」に決まった19年4月1日。自宅で会うと、これからの時代にいかに先見性が必要で「大切なのは個性。夢中になる趣味を持って耽溺(たんでき)し、感性を磨け」と強く説いていた。(編集局次長兼文化社会部長・阿部 公輔)

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2022年2月2日のニュース