「早子先生」日常描く演出術 淡々の中に光る中江功監督の仕掛け

[ 2016年4月28日 09:00 ]

「早子先生、結婚するって本当ですか?」の主演を務める松下奈緒

 「ひとつ屋根の下」「Dr.コト―診療所」などで知られる名匠・中江功監督(52)がフジテレビ「早子先生、結婚するって本当ですか?」(木曜後10・00)のチーフ演出を担当。“怖い月9”として話題を呼んだ前作「ようこそ、わが家へ」(昨年4月クール)のサスペンスタッチから一転、結婚へ動き始めたヒロインの普通の日常生活を「奇をてらわず」に撮影している。とはいえ、そこは数々の名作を生んだ演出家。しみじみと味わい深い描写が好評を博した第1話(21日放送)に仕掛けた工夫とは――。

 原作は、2009年10月からブログで始まった立木早子氏の4コマ漫画。実話を基に、飾り気なく、親近感あふれる内容が女性を中心に共感と人気を集め「早子先生、婚活の時間です」「早子先生、結婚はまだですか?」「早子先生、結婚するって本当ですか?」の計3冊に書籍化。今回は初のドラマ化となる。主演は女優の松下奈緒(31)。34歳独身、女子力ゼロの三枚目小学校教師・立木早子(はやこ)を演じる。

 フジテレビ「愛という名のもとに」など1990年代の数々の名作から「空から降る一億の星」「プライド」、映画「冷静と情熱のあいだ」「シュガー&スパイス 風味絶佳」などで知られる中江監督。今回の演出プランについては「奇をてらったことはなるべくせず、丁寧に撮ることを心掛けています。ミステリーやサスペンスは尖った画(絵)にしたり、照明を凝ったりしますが、今回は画が先走ると、人物が浮き立たない。人物をしっかり撮るには、あまり画が先走らない方がいいので、それほど難しい撮り方はしていないつもりです」と説明した。

 特段、大事件が起きるわけでもない。早子をはじめ、登場人物の心の動きを丹念に追う。

 「人の気持ちを表情と台詞だけで自然に伝えるのは、実は非常に難しい」としながら「人が行動するには何かしらの理由があるというのが僕の持論」と一見、平坦に見える第1話に仕掛けた“マジック”を明かした。

 序盤のシーン6~10。勤務を終え、帰路に就いた早子は、川べりを歩く。松下の声で、ナレーションが入る。「取り立てて大きな悩みもありません。誰もが当たり前に過ごすような日々を、私もごくごく平凡に過ごしてきました。代わり映えのない毎日ですが、こういう毎日を幸せというのだと分かっています。幸せです」。道沿いのグラウンドで、少年たちがサッカーをしている。ボールが転がってくる。早子は右足で蹴り返す。靴が脱げる。「なのに、なぜでしょう」。早子はベンチに座り、裸足の裏の土をはらう。「時々、思うのです」。早子は夕日をながめる。どこか寂寥感に襲われている。

 「毎日の通勤路で、立ち止まってベンチに座り、夕日を見るなんてことは、靴でも脱げない限り、普通はそうないことだと思うんですよね。なので“ボールが転がってくる”という“きっかけ”をつくりました。早子は靴が脱げて裸足になり、足の裏を触る。いつもの帰り道とは違う感覚を味わいます。いつもと違う夕日が見え、いつもと違う帰り道の風景になりました」

 しかし、これは布石に過ぎない。

 終盤のシーン84・喫茶店。学校の帰り、早子は合コンに誘われるが、断る。シーン85・夜道。家に帰る途中、早子の足が止まる。横で少年たちがサッカーボールをリフティングをしている。ボールが転がってくる。早子は“また”右足で蹴り返す。靴が脱げる。小さな塀に腰掛け、裸足の裏の土をはらう。松下の声で、ナレーションが入る。「たまには寄り道をしてみよう。昨日とは違う道を、少しだけ寄り道してみよう…そう思いました」。早子は合コン場所の居酒屋に向かう。

 早子はなぜ合コンに向かったのか。「立ち止まって、佇んで、考えて、きびすを返して『よし、行こう』みたいなことは、ドラマでよくあること。ナレーションでフォローもしていますし、見ていて別におかしくはないんですが、僕は何か行動の理由が欲しくなるわけです。靴を脱いで足の裏を触るというのは一瞬、日常から離れる行為。それが(序盤のシーン6~10の帰り道と)たまたま重なり、既視感を覚えた。同じ寂しさを感じた。早子は、いつもと少し違うことをしてみようと、合コンに踏み出します。人って、そういうことがあると思うんです。特に理由はなくても『この間も同じように思ったし、今も思ったということは…じゃ、やってみよう』というようなことがありますよね」

 シーン6~10とシーン85は偶然、同じ日に撮影した。松下も「あれ?これ、さっき経験しましたよね?」と口にしたという。中江監督は「演出意図が分かりやすく伝わって、よかったです」と振り返った。シーン6~10とシーン85、脚本にサッカーのくだりは書かれておらず、中江監督のアイデア。しかも、シーン6~10とシーン85はカット割りも同じというこだわりようだった。「自分で解説するのは、すごく恥ずかしいですね」と照れた。

 第2話以降は早子の同僚たちにもスポットが当たる。貫地谷しほり(28)佐藤仁美(36)八嶋智人(45)ら芸達者が揃い「それぞれのキャラクターを丁寧に描いていきたい。それを通じて早子先生の描写にフィードバックさせていきたいと思います」と意気込んだ。

続きを表示

2016年4月28日のニュース