デビュー45周年を前に…日吉ミミさん死去

[ 2011年8月12日 06:00 ]

1972年4月、インタビューに答える日吉ミミさん

 70年のヒット曲「男と女のお話」「男と女の数え唄」などのヒット曲で知られる歌手の日吉ミミ(ひよし・みみ、本名黒岩和子=くろいわ・かずこ)さんが10日午前5時30分、膵臓(すいぞう)がんのため都内の病院で死去した。64歳。さいたま市出身。葬儀は近親者で済ませた。09年のがん手術後、抗がん剤治療を続けていた。来年のデビュー45周年に向けた活動に強い意欲を示していたが、かなわなかった。

 日吉さんは09年にがんが見つかり入院。日吉ミミとしての再デビュー40周年記念シングル「言(こと)の葉の夢」が完成し、プロモーションに本腰を入れた矢先だった。

 8時間の大手術を乗り越え、同年後半にはステージ復帰。昨年5月には、病と闘いながら命の限り歌い続ける決意を込めた術後初のシングル「いのちのしずく」を発表。「歌を通じて生き抜くことへの思いを伝え続けたい」。抗がん剤治療を続けながら、精力的にテレビ、ラジオなどで歌い続けた。しかし、今年6月に体調を崩し入院した。

 病床では来年に控えたデビュー45周年を前に、記念曲のアイデアについて、夫で所属事務所社長の黒岩慶三さん(64)やレコード会社関係者らと直前まで活発に意見を交わしていた。

 「私は強く生きるのよ」と活動再開に向けて強い意欲を示していたが、10日朝、黒岩さんや親族にみとられながら息を引き取った。

 最後の仕事は今年5月のNHKラジオ第1「歌の散歩道」への出演。東日本大震災で非常に心を痛めており、「苦難を乗り越えてほしい」とのメッセージを込めて「いのちのしずく」を流した。

 作曲家猪俣公章氏のレッスンを受けて67年デビュー。当初はバニーガール姿でキャバレーやクラブを回るなど苦労し、鼻にかかった独特な高い声と、独特の投げやりな歌い方を確立。70年、♪恋人にふられたの よくある話じゃないか――の歌い出しで知られる「男と女のお話」でブレークをつかんだ。

 さらに知名度を上げたのは視聴率30%を超えたTBSの人気ドラマ「ムー一族」。挿入歌「世迷い言」を歌い、曲自体も大ヒットになったほか、自らも“謎の歌手”役で出演。伊東四朗(74)郷ひろみ(55)ら出演者に囲まれ、素朴でかわいらしい見た目と渋さのある声のギャップでお茶の間の人気者となった。

 ▼山本リンダ(フジテレビ「オレたちひょうきん族」でコンビ「ごっくん娘」組む)個性的な声で素晴らしい歌い手。3年前に新宿コマ劇場で「ウエスタンカーニバル」コンサートを観劇した際の打ち上げが、ゆっくりお話しできた最後となりました。普段からとてもさっぱりして気さくないい方でした。ですから、つらい闘病もあまり表に出していなかったと感じています。

 ▼平尾昌晃氏(日吉さんのデビュー40周年曲「言の葉の夢」を作曲)突然の訃報で驚いています。大人の良い歌が歌える年齢になったと期待しておりましたが、誠に残念です。心よりご冥福をお祈りいたします。

 ◆日吉 ミミ(ひよし・みみ、本名黒岩和子=くろいわ・かずこ)。1947年(昭22)7月21日、埼玉県浦和市(現さいたま市)生まれ。67年に「池和子」の芸名でデビューし、3枚シングルを発表するも鳴かず飛ばずで69年に改名。「おじさまとデート」で再デビュー。翌70年「男と女のお話」が大ヒットし大みそかのNHK紅白歌合戦に初出場。77年には中島みゆき作詞作曲「うそつきが好きよ」が話題に。90年には「ピップエレキバン」のCM曲「北風ぴゅうぴゅう」がヒットした。

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2011年8月12日のニュース