[ 2010年5月16日 06:00 ]

☆あらすじ&聴きどころ

<第1幕>
 序曲や前奏曲はなく金管楽器とティンパニによって付点音符のリズムの「カイコバートの動機」が3度繰り返される。カイコバートは霊界の大王。劇中には1度も登場しないが物語全体を支配する大きな存在で、それがライトモティーフ(指導動機)のみで提示される。
◇第1場◇ 宮殿のテラス
幕が開くと新月の夜、クラリネットによる上行音形の「乳母の動機」とともにテラスを忍び足で歩く皇后の乳母。そこへ霊界から使者がやって来る。月ごとに送り込まれる使者はついに12人目となった。使者は皇后に影が出来たかどうかを尋ねる。ヴァイオリンとチェロのソロによる「皇后の動機(または影がない動機)」。乳母は皇后には依然影がないと答える。使者は皇后が今夜から3日のうちに影を手に入れなければ、王のもとに戻らねばならないと伝える。もし影を得られず皇后が去れば、皇帝は石に変わる定めであることを「石化の動機」の旋律に乗せて宣告し去って行く。
皇后は元々カイコバートの娘だった。娘は動物に姿を変えるカを与えられて、約1年前のある時、カモシカに変身していた。狩に出た皇帝の鷹がカモシカの姿をした娘を発見。皇帝がカモシカを捕らえると美女に変わったのだ。皇帝は彼女を連れ帰り妻にしたのだが、その肉体は光を通して影がなかった。結婚から1年が経過しても影がないままなら、皇后は霊界に戻らなくてはいけない。
皇帝が現れ、カモシカに姿を変えていた皇后との出会いと彼女への変わらぬ愛を美しいメロディーで歌い上げる。皇帝は乳母に姿を消した赤い鷹を探しに3日間出かけることを告げる。途中、装飾音を伴う「鷹の動機」がピッコロなどによって提示される。赤い鷹は皇帝に可愛がられていた。しかし、皇帝と皇后の出会いの時、カモシカ(皇后)の目を翼で打ったことで、皇帝の怒りをかって、翼を刺され、逃げ出したのだ。皇帝が去る瞬間、「石化の動機」が重苦しく鳴り響く。
 ヴィオラのソロに導かれるように皇后が姿を現す。そして皇帝と出会った陶酔の瞬間を回想する。そこへ、いなくなったはずの赤い鷹が飛んで来る。鷹は翼から血を流して泣いていた。「鷹の動機」が一層硬い調子で奏される。皇后は鳥の言葉が理解できる。鷹は「皇后は影を持たない。皇帝は石になる」と告げる。そうした定めを初めて知った皇后は驚き、乳母に影を得る方法を尋ねる。本心では霊界に戻りたい乳母は渋々、「人間の世界に降りてゆき影を手に入れて、皇帝の子を宿さなければならない」と教える。2人は人間界に赴く。ここで人間界へ降りていく行程がオーケストラの間奏によって描かれる。多くの打楽器が多彩に使われ、オーケストレーションの達人シュトラウスの腕が冴え渡る場面。
◇第2場◇ 染物師バラクの家
場面は変わって染物師バラクの粗末な家。身体に障害のあるバラクの兄弟3人がいつものように喧嘩をしている。バラクの妻は夫にこの兄弟たちを家から追い出すように要求するが、バラクは父親譲りの家に住む自分が弟たちを食べさせるのは当たり前だと言う。妻は「私と兄弟どっちが大事か」と詰め寄るが、バラクは「それより自分たちの子供を産んで欲しい」と望む。妻は拒むがバラクは「焦らずに待とう」と、グチグチ言い続ける妻を相手にせず仕事に出かける。バラクの優しい心情を表わす短いながらも美しい間奏。
そこに半音階の神秘的な旋律とともに乳母と召使の恰好をした皇后がやって来る。乳母は子供を産もうとしないバラクの妻ならば、簡単に影を買い取れると考えたのだ。乳母が“黒い虚無”つまり、影を売らないかと話を持ちかけると、妻はこんなありふれた女の曲がった影にお金を出すものがいるはずがないと相手にしない。乳母は魔法で影の代わりに手に入れられるという豪華な暮らしの幻影を映し出す。妻はいかにすれば影を脱ぎ捨てることができるのかを考え始める。皇后と乳母は影を売るために母性を捨ててしまいなさいとそそのかし、3日間彼女の召使として働くことを伝える。バラクが帰宅すると、乳母は魔法で5匹の魚を出現させ鍋に入れて調理を始める。また、夫婦が夜を共にしないようにと魔法でベッドをふたつに引き裂いてしまう。オーケストラからは「カイコバートの動機」。妻の耳には鍋の中から「生まれてくることができなかった子供たちの悲しい歌声」が聞こえる。歌声は木管楽器に引き継がれて繰り返され、バラクの耳にもこだまする。ひとり寂しく寝床に入るバラク。複雑な思いで眠りに就こうとする妻。外からは夜景の声が響く。「この町の夫婦たちよ、自分の命よりもお互い愛し合いなさい。命の源はお前たちの愛に委ねられたのだ」。とても印象深いシーンであるが、このオペラの主要テーマのひとつにほかならない。穏やかな後奏とともに幕。

<第2幕>
◇第1場◇ バラクの家
皇后は召使として働くが、バラクの優しさに後ろめたい気持ちになる。バラクが出かけると、乳母は魔法によって若い美男子を出現させて妻を誘惑させる。バラクはお腹を空かせた兄弟らを連れて帰ってくる。バラクは陽気に食べ物をすすめるが、妻は「苦さの動機」とともに「苦さで口の中を満たしたい」などと語り食べることを拒む。そんな妻をよそにバラクは皆に食事を振る舞う。
◇第2場◇ 狩りの小屋
森の中にある狩の小屋の情景を表わす間奏。チェロのソロが寂しげな雰囲気を巧みに描き出す。赤い鷹に導かれた皇帝は森の中で留守番をしているはずの皇后と乳母を見つけて密かに様子をうかがう。皇后が自分に内緒で下界に降りたと知って、殺さなくてはならないと怒り嘆く。続く間奏では「石化の動機」と「鷹の動機」が交錯し皇帝の運命を暗示する。
◇第3場◇ 染物師バラクの家
乳母はバラクを薬で眠らせ、妻の前に魔法で若い美男子を出現させる。妻は誘惑に負けそうになった瞬間、混乱し「強盗がいる」とバラクを叩き起こし、乳母と一緒に家を出て行ってしまう。
◇第4場◇ 狩りの小屋
皇后は狩りの小屋で眠りにつく。彼女は影を得るためにバラクの家庭を不幸にしていることに苦しんでいる。夢の中で皆を苦しめるくらいなら自分が石になりたいと絶叫する。ここではさまざまな動機が交錯するうちに「カイコバートの動機」と「石化の動機」が次第に力を増していく。
◇第5場◇ 染物師バラクの家
3日目の午後。「カイコバートの動機」が繰り返し響く。昼だというのに暗くなり、バラクは不思議な力が働いていることを感じる。妻はバラクに「不貞を働いた、子どもを諦めて影を売った」と嘘を言う。彼女を照らすと確かに影が無い。驚くバラクと兄弟たち。乳母は皇后に急いで影を奪うよう促すが、皇后はためらう。怒ったバラクは突如現れた剣を妻に振り下ろそうとする。しかし、この時、妻は夫への愛を思い出し不貞の告白はウソだったことを明かす。すると大地が割れてバラクと妻は別々の地底に飲み込まれてしまう。「カイコバートの動機」によってこれらの不思議な出来事は、霊界の大王の意思であったことが暗示され、トランペットが「判決の動機」を吹奏することで審判が近づいていることが暗示されて幕となる。

<第3幕>
◇第1場◇ 地下の霊界
金管楽器の荘厳な和音とともに幕が開く。地下世界の厚い壁に隔てられた部屋で、バラクと妻はそれぞれ閉じ込められている。木管楽器が「生まれてくることができなかった子供たちの歌の動機」を繰り返す。妻は後悔しバラクに心から詫びる。バラクは「私に委ねられ」と呼応し、お互いを想い愛を歌う二重唱となる。再び「カイコバートの動機」が鳴り響くとバラクは「恐れてはいけない」と妻を励ます。背後ではヴァイオリンのソロでバラクの優しさを表わした旋律が。その時、天の声(アルト)が「道は開かれた。上に昇ってこい」と伝える。
◇第2場◇ 霊界への入り口とカイコバートの宮殿
皇后と乳母は舟に乗って霊界への入り口までやって来る。「カイコバートの動機」が再び繰り返され、皇后らが父王に近づいたことが表わされる。皇后は父王に呪いを解き、皇帝の助命を嘆願するために、霊界に入ろうとする。乳母はもう少しで影を手に入れられるからと止めるが、皇后は耳を貸さずに進む。乳母は腹立ちまぎれにバラクと妻に別々の道を教える。そこにカイコバートの使者が現れて乳母は人間界へと追い返される。
◇第3場◇ カイコバートの宮殿内
 皇后はカイコバートに、バラクとその妻の真の愛を目の当たりにして、他人を不幸にしてまで影を手に入れることはできなかったと訴える。ハープのグリッサンドとともに黄金色に輝く命の泉が噴出し始める。カイコバートは、この水を飲めば影を得られるが、バラクの妻は影を失い子供も産めなくなると語る。彼方に目だけ残して石化した皇帝の姿も垣間見える。さまざまな動機が交錯し皇后の心の混乱が表現される。しかし、結局皇后はバラク夫妻のことを思うと水を飲むことは出来なかった。「私は飲みません!」とキッパリ拒絶する皇后の言葉には旋律は付けられていない。長い休止。「石化の動機」と「影のない動悸」をオーケストラが演奏。皇后の足下に影が出現、舞台は美しい風景へと一変する。
グラスハーモニカーという特殊楽器を使用した独特な透明感を湛えた音楽とともに皇帝は元の姿に戻り、2人は熱い抱擁を交わす。オーケストラは「愛の動機」を高らかに演奏する。ついにこの世に生命を受けることが可能となった「生まれてくることができない子供たち」が実際の子供として姿を現し、愛の勝利の歌に加わる。
◇第4場◇ 黄金の滝がある風景
 バラクと妻も別々の方向からお互いを認め駆け寄る。皇帝と皇后も加わり2組の夫婦による「愛の喜び」の四重唱となる。低弦と木管が「判決の動機」を奏で、この光景が審判の結果であることを示す。さらに子供たちの合唱も加わり、幸福感にあふれた音楽とともに幕が閉じる。

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2010年5月16日のニュース