早実元エース鈴木健介さんが兄・裕司さんと設立したグラブメーカー「YK BROTHERS」に込めた思い
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週末のある日。真新しいグラブを購入者に手渡すと、満面に笑みを浮かべながら手に取ってくれた。
「大人にとっても、子供にとってもグローブは特別なもの。手元に渡ったとき、めちゃくちゃうれしそうな顔をしくてくださるので、本当にうれしいです」
言葉の主は、早実(東京)のエースとして2010年夏の甲子園大会に出場した鈴木健介さん。早大を経て大手広告代理店で務めるかたわら、24年2月に兄・裕司さんとともにグラブメーカー「YK BROTHERS」を立ち上げた。
2歳上の裕司さんは、慶応(神奈川)の4番打者として08年に春夏連続甲子園に出場。右の強打者として、慶大でも3、4年時は一塁のレギュラーとして活躍した。ともに就職後は一線から遠ざかり、社業に集中。着実に実績を積み上げていったが、2022年頃からある思いが芽生え始めた。
「自分たちにしかできない仕事はないのかな?」
「何かやるならアイデンティティは野球だよな」
時には町中華で、時には居酒屋で。2人で話し合いを続けている中、一つのきっかけが舞い込んだ。2023年7月、父・久幹さん、母・敦子さんの還暦祝いにグラブを作成し、プレゼントすることにした。都内のスクールに通うこと、兄弟2人で計80時間。革の裁断に始まり、縫製、紐通しなど全ての行程をこなし、唯一無二のグラブをつくりあげた。「面白い。これで多くの人たちを喜ばせたい」。グラブ販売を通じて、一人でも多くの人たちに野球に打ち込んだからこそ得られた経験、野球というスポーツの素晴らしさを伝えていきたい――。今後の歩むべき道のりが決まった。
「野球経験者に対する社会のイメージって、あんまりよくないと思うんです。体育会系でしょ?みたいな。いい部分ももちろんありますが、負の側面にあるのが野球の悪しき文化。今、時代は変わりつつありますけど、そういうイメージを少しでも変えたい。お金儲けとかは全く考えてなくて、少しでもそういう形で野球界とか社会に貢献できるといいな、と」
根底には野球界へのイメージを変えたい思いがある。早慶両校で野球に打ち込んだ鈴木兄弟。ともに甲子園出場を果たしたキャリアもさることながら、勉強も決して疎かにすることはなかった。
「野球を辞めたいと思ったことは一度もなかったですけど、めちゃくちゃ過酷。睡眠時間は毎日4時間ぐらいで、とにかく寝られないのが辛かった。立ったまま電車で寝られるようになりましたから(笑い)」
2年春、3年夏と2度の甲子園出場を果たした健介さんの高校時代のスケジュールを振り返ってみる。埼玉県川口市の自宅を午前6時前に出発して、東京都国分寺市にある早実まで1時間半。帰りは野球部グラウンドのある東京都八王子市から2時間かけて帰宅していた。高2秋の東京大会で日大三にコールド負けを喫してからは自主練習の時間を増やしたこともあって、川口市の自宅に戻るのは日付が変わってから。学校からグラウンドまでの1時間を含めると、一日のうち計4時間30分を移動に費やしていた。
そんな過酷な日々で大きな武器となったのが“考える力”だった。観察眼を磨き、投球前の球持ちの長さも巧みに変える。同じ球種でも球速に変化をつけ、打者のタイミングをずらした。一球、一球の意味を考えていたからこそ、配球にも確かな根拠がある。試合後には第1球から最後のボールまで、配球をそらんじることができた。
「野球は頭を使って考えるスポーツ。自分たち二人もそうやってきた自負がある。そこを発信していくことで、今やっている人もそうですし、やってきた人たちのイメージを変えていきたい」
立ち上げから2年が経過し、グラブは全ポジションが揃う。ブランドの信念は「BE A THINKER.」。そこに込められた思いをたどるべく、第2章では早実、早大での7年間にスポットを当てた。
◇ ◇ ◇ ◇ =敬称略=
野球人生の締めくくりは、最も練習を積んできたボールだった。早大4年秋の慶大3回戦は9―0で9回2死。カウント2―2から左打ちの竹内惇に対する5球目のサインは、内角やや高めの直球だった。
「狙い通りでしたね。結構、ガチャって感じで」
セットポジションから思い切り腕を振った。完全に詰まらせた打球はニゴロとなり試合終了。最後に選んだ内角直球は、あの夏の忘れ物を取り戻す一球でもあった。
「完全に読まれていました。試合後のインタビューで“追い込めばチェンジアップを投げてくる”と書いてあって。。あの一球がターニングポイントになりましたね」
2010年夏の甲子園大会3回戦。早実のエースナンバーを背負い、関東第一戦に臨んだ。2―3で迎えた5回の守りは2死一、二塁のピンチ。3番・本間諒が左打席にいた。フルカウントからの6球目。捕手・土屋遼太のサインに何度も首を振った。「よっしゃ」。大きくうなずいて投じたのはチェンジアップ。最も自信のある球種だったが、待ってましたとばかりに右中間フェンスまで運ばれた。2者が生還し、点差は再び3点。早実の反撃ムードは絶たれ、6―10で敗れた。
「悩んでいるフリをして、わざと何度も首を振るサインで。たらればはないですが、あのときにインコースの真っすぐを投げていたらという後悔を、大学時代にずっと思っていました」
時計の針を再び大学時代に戻す。背番号1を背負った高校時代とは一転、悶々とした時間を過ごしていた。有原航平(現日本ハム)、高梨雄平(現巨人)らの同期の陰に埋もれ、2年まではリーグ戦のベンチ入りもかなわなかった。
「甲子園にも出てそれなりにやれるだろうと思っていたんですが、全然、思うようにいかなくて。自分の実力もそうですし、有原や高梨もいて。(同じ右投手の)有原とか次元が違うというか。もちろん、高校でも結果は出ない時期はたくさんありましたが、中心選手として試合に出ている中での話しだったので。練習をやってもうまくいかないと、試合に出られないとか。そういう経験は初めてだったので、挫折でした」
日本代表に選出された中学時代、夏の甲子園大会で完封勝利を上げた早実時代と同様に、いま克服すべき課題を冷静に見つめ、考え抜いた末に野球と向き合っていた。それでも、試合になれば打たれ、結果が出ない。状態は上向くどころか、次第に登板する機会すらも減っていった。こんなはずではない。同じ投手の活躍を、心の底から喜べない自分がいた。そんな自分にも嫌気がさした。焦りはやがて、失望へと変わっていった。
「結構、腐っていた時もありました。そこでもう1回頑張るのって、エネルギーがいるというか」
自暴自棄になりかけた大学2年の冬。硬式野球部の寮宛てに一通の手紙が届いた。差出人は見ず知らずで、新潟県在住の男性。便せんには丁寧な文字で、鈴木への思いが認められていた。
「病室のテレビから鈴木君の投球を見て、私はすごく勇気づけられました。お陰様で元気になり退院することができましたので、来年の春は神宮へ応援に行かせていただきます」
心のスイッチが入った。自分の投球に励まされた人がいて、今も応援してくれている。しかも、夏の甲子園が終わってから、既に2年の月日が経過していた。初老の男性はともすれば、鈴木のその後を案じていたのかもしれない。
「もっと、やんねえとダメだ」
迎えた春のオープン戦は10試合連続無失点の好投。3年春のリーグ戦でついに、初のベンチ入りを果たした。
「最後まで続ける上で、ものすごいモチベーションになりました」
もう、再び心が折れることはなかった。初登板となった明大戦は救援して3回4安打2失点。その後は再び登板機会を失ったが、西東京市東伏見のグラウンドで黙々と練習に励んだ。やれることを全力でやる。ブルペンでは、打者の協力も仰ぎ、徹底して内角への投球を磨いた。学生生活最後の一戦となる、慶大との最終3回戦を翌日に控えた夜。同級生の学生コーチから、涙ながらに一本の電話が入った。
「あす、ベンチに入ってもらうことになったから」
ひたむきな姿を仲間たちは見ていた。慶大2回戦に敗れたことで、優勝の可能性が消滅。その後のミーティングで、同級生たちが岡村猛監督(当時)に鈴木のベンチ入りを進言してくれた。指揮官も4年生の意向を受け入れ、急きょ、ベンチ入りが決定。9回2死からの登板が決まった。
「仲間に恵まれたことが大きかったです。本当に。頑張ったら、誰かが見てくれているというのは改めて思いましたし、野球の神様っているんだな、と。実体験として得ることができました」
翌日。最後の打者を内角直球でニゴロに封じると、ベンチから飛び出した仲間が次々と駆け寄ってきた。安堵の表情を浮かべ、ハイタッチをかわす。同級生からねぎらいの言葉をかけられると、ふと、高校3年夏のワンシーンがよみがえった。
「健介がエースで良かったよ」
西東京大会決勝で日大鶴ケ丘を完封した試合後、神宮球場のロッカーで待機していると、ベンチ外のメンバーがそう言って喜んでくれた。この笑顔を見るために、自分は投げていた。痛み止めの注射を打つなど右肘は万全ではなかったが、仲間の思いを背負って、最後までマウンドを守り抜いた。
「決勝もそうですが、西東京大会の期間中、全力でサポートしてくれて。自分が甲子園に行きたい、という思いはあんまりなくて。それよりも、彼らの期待に応えたい思いが強かったですし、その思いに応えられたことが何よりうれしかった」
光と影。栄光と挫折。成績だけを見れば対をなすが、早実でも早大でも変わらなかった思いがある。
「自分で決めた道。だから、苦しいことでも歯を食いしばってやることができたし、野球が大好きでした」
野球とのかかわりは、これからも続いていく。
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