「高校野球をやりたい」ポンポンをスコアブックに持ち替えて…チアからマネジャーに転身した上尾・小林愛菜

[ 2026年1月30日 07:50 ]

チアダンス部から野球部のマネジャーに転身した小林(撮影・柳内 遼平)
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 第98回選抜高校野球大会(3月19日から13日間、甲子園)の出場32校を決める選考委員会が30日、毎日新聞大阪本社で行われる。

 21世紀枠候補9校に選出されている上尾(埼玉)は82年大会以来の選抜出場の吉報を待つ。唯一のマネジャーとしてチームを支える小林愛菜(2年)は選手にも負けない野球への情熱を持っている。

 異例の転身だった。小学生の頃に始めたチアダンスを上尾でも続けた。チアダンス部の一員として華やかな衣装に身を包み、各部の試合を応援した。ただ、元々好きだった野球をスタンド応援するうちに「もっと近くで野球部をサポートしてみたい」という思いが芽生えていった。

 言葉数は決して多いタイプではない。ただ「このままモヤモヤした気持ちでいられない」と己の思いを行動に移す勇気を持っていた。2年生になった頃、野球部の片野飛鳥部長に相談。当初は大学に進んでから野球部のマネジャーになることを視野に入れていたが、相談するうちに選手とともに歩む熱を感じたことで「やっぱり高校野球をやってみたい」と思いを強めた。
 
 2年6月に野球部の門を叩いた。3人の3年生マネジャーが引退するまでわずか1カ月。引き継ぎは時間との勝負だった。一番最初に習ったのは謎のアルファベット、数字が並ぶスコアブックの書き方。そして、試合での場内アナウンスの方法や夏に選手ががぶ飲みするドリンクの作り方…。初めての仕事ばかりで覚えることに必死の毎日だったが、いつも先輩たちは「大丈夫だよ」と明るく励ましてくれた。

 別れはすぐにやってきた。同夏の7月21日、昌平との5回戦が先輩たちのラストゲーム。チアダンス部としてではなく、野球部マネジャーとしてスタンドから見届け「これからは先輩なしで1人でやらないといけない」と決意を深めた。

 新チームが始まり、マネジャーは4人から1人に減った。当初は仕事を抱えすぎてしまうこともあったが、今は「大変さを分かってくれて、選手も(マネジャーの仕事を)手伝ってくれます」とワンチームだ。応援する対象から、共に歩む仲間になった選手たち。「ポンポン」をスコアブックに持ち替え、高校野球の当事者となった小林マネジャーが、青春のまっただ中にいる。(柳内 遼平)

 ◇小林 愛菜(こばやし・あいな)2008年(平20)5月21日生まれ、埼玉県さいたま市出身の17歳。小、中学校ではチアダンスを習い、中学の部活は卓球部に所属。上尾では2年5月までチアダンス部に所属し、同6月から野球部に入部。身長は1メートル58。

 ▽21世紀枠 甲子園への出場機会を広げるために01年の第73回選抜大会から導入。練習環境などのハンデ克服や地域貢献など戦力以外の要素も加味する。秋季都道府県大会16強(加盟129校以上の場合は32強)以上を条件に、全国9地区から1校ずつ候補として推薦し、2校が甲子園に出場。08~23年は3校(13、21年は4校)が出ていたが24年から再び2校となった。最高成績は01年宜野座(沖縄)と09年利府(宮城)の4強。

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