阪神ドラ2・谷端将伍(上) 原点は金本ユニホームでバット振った小学生時代

[ 2025年12月21日 05:00 ]

金本氏のTシャツを着て練習する小学生時の谷端(提供写真)
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 【アニバーサリーの鼓動】スポニチでは「アニバーサリーの鼓動」と題し、阪神が今秋ドラフト会議で指名した7選手が歩んできた足跡を連載する。2位・谷端将伍内野手(21=日大)は、東都大学リーグで2季連続の首位打者となるなど右打ちの即戦力野手。第1回は野球との出合いを中心に振り返り、計3回にわたり知られざる素顔、野球人生の分岐点に迫る。

 小学生の頃から、将伍はスポーツ万能だった。足が速く、父・時宗さんは「運動会で負けたのは見たことがない」と振り返る。石川県生まれということもありスキーもうまかったが、友人が出場していた野球大会を応援に行き、「自分も入りたい」と訴えた。

 自らの意思で野球を選んだはずが、白山市の松任ブルーウイングスに入団後、将伍はもう一つの競技に魅了されることとなる。今でも度々、テレビで観戦するというサッカーだ。休み時間や野球の練習がない放課後にサッカーに興じると、抜群の運動神経ゆえ、学童チームに入っていた選手よりもうまかった。当然、周囲からは褒められ「将伍、サッカーもやったら?」と声をかけられる。実際、時宗さんに「サッカーやろうかな」とつぶやいたこともあった。父にとっては、気が気でない出来事だったという。

 「“野球始めたんだから、それは最後までやろうよ”って言うと、納得してくれて。いやー…焦りましたよ(笑い)」

 野球を始めると、チーム内でも特に目立った。投打の中心選手となっていく中で、帰宅後は金本知憲氏のユニホームを着てバットを振った。「野球が本当に好きでやっていた」と時宗さんが回想するように、自ら進んで練習に励んでいた。小学5年生の頃には、甲子園大会を観戦。甲子園歴史館でのドラフト体験コーナーでは「松任ブルーウイングス 谷端将伍」と記されたスクリーンに目を輝かせ、プロ野球選手への思いを強くした。

 上達すればするほど、今度はもっと高いレベルの野球をしたくなった。所属した松任ブルーウイングスからは主力選手が名門・星稜中に進学するケースが多く、将伍が志すのも自然な流れだった。しかし、入学するには受験勉強が必要。将伍は黄色のユニホームを着るべく、バットから鉛筆に握り替えた。(松本 航亮)

 ◇谷端 将伍(たにはた・しょうご)2004年(平16)3月17日生まれ、石川県出身の21歳。小1時に野球を始め、星稜中、高を経て日大進学。東都大学リーグでは24年春、秋に2季連続で首位打者を獲得。今夏の日米大学野球では第4戦で3安打3打点と活躍した。1メートル78、80キロ。右投げ右打ち。

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