【阪神90周年を飾る優勝】主力に外国人打者がいない1964年Vメンバーの本屋敷錦吾氏が祝福

[ 2025年9月8日 03:30 ]

セ・リーグ   阪神2―0広島 ( 2025年9月7日    甲子園 )

阪神の1964年と2025年、開幕オーダー比較
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 阪神が2年ぶりに優勝した。球団で主力に外国人打者がいない優勝は64年以来で、当時を知る本屋敷錦吾氏(89)がメッセージを寄せた。

 快挙は兵庫・芦屋に住むオールド虎戦士にも届いていた。2位以下を圧倒してのリーグ優勝。球団創設90周年という節目にも花を添えた。

 89歳の本屋敷氏は「たいしたもんや」と目を細め、藤川監督と選手たちに拍手を送った。「藤川監督と面識はないが、頭のいい監督だということは分かる。野球は頭を使わないと勝てないスポーツ。いい監督だから勝てた。それは間違いない」と胴上げされた指揮官の取り組みをねぎらった。

 本屋敷氏の球歴も華やかに彩られている。芦屋高では甲子園に3度出場。2年時の52年夏には全国制覇を果たした。立大では同期の長嶋茂雄(巨人)、杉浦忠(南海)とともに「立大三羽がらす」と呼ばれ、主力としてチームの黄金時代を築いた。58年に阪急でプロ入り。阪神に移籍した64年は「2番・二塁」での開幕スタメンから113試合出場で優勝に貢献した。

 「藤本(定義)監督の神戸市の自宅が実家の近くでね。プロ入り前から家族ぐるみのお付き合いがあった。そして阪急入団時の監督も藤本さん。その縁で阪神の監督になった藤本さんから声がかかったんです」。64年の阪神優勝は今回と共通点がある。23、25年と3年間で2度優勝した今回同様、62、64年にリーグ制覇。村山実、バッキーの2本柱を軸にしたチーム防御率もリーグトップ。本屋敷氏と吉田義男さんとの二遊間は華麗な動きでファンをくぎ付けにし、守備力をアドバンテージにした。

 「当時はあまり流し打ちをする打者はいなかった。だから右打者のときのゲッツーシフトでは、ほとんど二塁ベース寄りに守っていた。吉田さんの二塁送球は捕ってからが速い。それに対応するためにも、一、二塁間はもう空けてたね」

 攻撃面で外国人野手に頼らないチーム構成で戦ったのも藤川阪神と一致する部分だ。トレード補強した山内一弘が4番に座り、犠打リーグトップの本屋敷氏も8月に国鉄・金田正一から2打席連続本塁打を放つなど、意外性も発揮した。

 ペナントレースは三原脩監督の大洋とのマッチレース。だが、残り9試合で阪神は4・5差をつけられていた。9試合で大洋との直接対決は4試合。ここから猛虎の逆襲が始まった。9月20日、川崎での大洋とのダブルヘッダーに連勝すると、同26日の甲子園でのダブルヘッダーにも連勝。第2試合で同点の8回2死満塁、暴投で三塁走者・本屋敷氏が好スライディングで生還したのが分岐点で、阪神にマジックが点灯した。

 今回の優勝でも、熊谷敬宥が準レギュラーとして、攻走守にいぶし銀の活躍で貢献した。本屋敷氏にとっても立大の後輩だ。「立教大OBというのは知らなかったんですよ。でも本当によく頑張ってプレーした。彼もしっかり頭を使って、野球をしているはず」と見えないところでも準備の積み重ねがあった上での活躍だと認めていた。

 今年は長嶋さん、吉田さんとかつての仲間との別れもあった。「誰にでも寿命はある。自分も近い」と明るく語った本屋敷氏は「いろんな方が積み重ねてきた阪神の伝統は大事にしてほしい。そして阪神の野球を見て、子供たちが野球を好きになってくれたら」とタテジマの後輩たちにメッセージを送った。  (鈴木 光)

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