【甲子園】大谷&雄星の道! 花巻東の背番「17」萬谷が156球完投発進 智弁和歌山の強力打線封じた

[ 2025年8月9日 05:00 ]

第107回全国高校野球選手権第4日・1回戦   花巻東4―1智弁和歌山 ( 2025年8月8日    甲子園 )

<智弁和歌山・花巻東>力投する花巻東・萬谷(撮影・須田 麻祐子)
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 156球目は、渾身(こんしん)の130キロ直球だった。4―1の9回2死満塁。花巻東の2年生左腕・萬谷(まんや)堅心が内角高めへ投げ込み、空振り三振に斬った。

 「やり切ったという感じ」。今春選抜で5試合31得点を挙げ、準優勝した智弁和歌山の強力打線を迷路へ引きずり込んだ1失点完投を、そう振り返った。

 「一人も気が抜けない凄い打線。タイミングを外し、低めで打ち取ることを心がけた」。130キロ台の直球は切れがあり、110キロ台のスライダーでタイミングを外した。

 OBのエンゼルス・菊池、ドジャース・大谷も下級生の時に背負った背番号17を継承。佐々木洋監督が「精神面もボールの質も、春より上がった」と評価して、岩手大会の「14」から変更となり「期待されている」と自覚した。大先輩のような剛球はなくても「堅心(けんしん)」の名のごとく、鋼のハートで投げ抜いた。昨冬は「目標としている」という菊池がプロデュースした複合野球施設「KOH(King of the Hill)」でフォーム修正。かつて菊池も担当したグラウンド脇のトイレ掃除も担い「プレーだけでなくゴミ拾いや掃除の仕方を見習い、私生活をしっかりやっている」と胸を張った。

 この日はかつて背番号17を背負ったOBのスタンフォード大・佐々木麟太郎も観戦した。佐々木の1学年先輩で投手だった兄・大輝さんは22年選抜初戦の市和歌山戦で敗退。岩手県勢では春夏通算5度目の対戦だった和歌山県勢相手の初勝利で雪辱も果たした。「これからも(背番号に)応えられる投球をしたい」。偉大な先輩たちの「17の伝統」を受け継ぐ2年生左腕には「魂」が宿っていた。(秋村 誠人)
 ≪昨夏は他校の“助っ人”≫昨年1年生だった萬谷は、他校の選手として夏の大会に出場していた。昨夏の岩手大会では、自校部員が5人以上なら計10人になるまで近隣校(1校のみ)の選手を借りて出場できる「単独廃校ルール」で、金ケ崎の選手として出場。金ケ崎の5人に花巻東の5選手が加わり、7月14日の遠野緑峰との1回戦では萬谷は「5番・中堅」で先発出場。打っては1安打3打点、8回からは2番手として2イニングを1安打1失点で、6年ぶりの夏1勝に貢献していた。

 ▽花巻東の背番号「17」 期待の有力選手が下級生の時につけ、「出世番号」とされる。菊池雄星(現エンゼルス)は1年だった07年夏の甲子園に「17」で初出場。大谷翔平(現ドジャース)は1年だった10年夏の岩手大会は「17」。同秋から背番号1となり2年夏と3年春の甲子園に出場。日本ハム時代は「11」だったが、メジャー移籍した18年から「17」となった。23年巨人ドラフト1位の西舘勇陽も2年だった18年春夏甲子園は「17」で出場し、19年夏の甲子園は「1」に。佐々木麟太郎も2年だった22年春、夏の岩手大会で「17」をつけた。

 ◇萬谷 堅心(まんや・けんしん)2009年(平21)1月28日生まれ、岩手県出身の16歳。4歳から野球を始め、下小路中では盛岡北リトルシニアに所属。花巻東では1年秋からベンチ入り。好きな言葉は「百折不撓(ふとう)」。50メートル走6秒4、遠投80メートル。1メートル77、70キロ。左投げ左打ち。

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