那覇に「リトルドジャータウン」!? ドジャース・ロバーツ監督に生まれ故郷の市議会議長が提案

[ 2024年12月6日 02:30 ]

記念撮影で笑顔を見せる(左から)知念市長、ロバーツ監督の息子コールさん、ロバーツ監督、ロバーツ監督の妹メリッサ・パーカーさん、パーカーさんの娘ミアさん、野原議長(撮影・柳原 直之)
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 ドリームプロジェクトだ。ドジャースのデーブ・ロバーツ監督(52)への「那覇市特別栄誉賞」贈呈式が5日、生まれ故郷の那覇市で行われ、那覇市議会の野原嘉孝議長(62)は選手発掘・育成を目的とした「リトルドジャータウン」構想を指揮官に提案した。00年頃に一度浮上して立ち消えていたプロジェクトで、大谷翔平投手(30)が沖縄で指導する姿を見られる日が来るかもしれない。

 沖縄がドジャースフィーバーに沸いた。4年ぶりのワールドシリーズ制覇を果たしたロバーツ監督が、生まれ故郷の那覇市に凱旋。那覇市議会の野原議長は指揮官のスピーチ前に、ドリームプロジェクトを披露した。

 「キャンプや、若手を発掘する“リトルドジャータウン”が、那覇市にあったらいいと思っている。(ド軍の)球団社長、大谷選手に“こんなドリームを沖縄で聞いたよ”と、お伝えいただければ」

 巨人が2月に那覇キャンプを実施していること、そのV9時代には「ドジャース戦法」で席巻したことも引き合いに出し、真剣なまなざしで訴えた。英訳を伝え聞いたロバーツ監督も、笑顔で喜んだ。

 荒唐無稽な夢物語とは言い切れない。99年に同県中部の金武町が、ドジャースの選手養成学校を実際に誘致。沖縄サミットが行われた翌00年には、当時の球団副社長だった元監督のトミー・ラソーダ氏が同町を訪れ、一時は契約に合意間近とも騒がれた。那覇市の知念覚(さとる)市長は「昔、そんな議論があったと聞いた。相手(ドジャース)が相手(那覇市)にしてくれるのかどうか」と明かした。議員からは「ロサンゼルスと友好都市宣言をした方がいい」という声が上がっているという。「はじめの一歩になる。しっかり(沖縄)県とタイアップしてやっていかないと」と真顔で語った。

 ドジャースなど大多数のMLB球団は、ドミニカ共和国に選手育成アカデミーを保有する。大リーグ機構(MLB)としても09年に中国にアカデミーを設立したが、いずれも日本にはまだない。実現すれば、大谷が指導者として沖縄上陸する可能性も出てきそうだ。

 「那覇市特別栄誉賞」を授与されたロバーツ監督は「私の母・栄子は沖縄で生まれ、私も那覇で生まれた。私には沖縄の血が流れている」と語った。歓待に「沖縄に戻って皆さんにお会いして、私にとってのワールドシリーズツアーが終われてうれしい」と感謝すると、贈呈式後には1階に集まった約300人の市民から自然と「レッツゴー、ドジャース!」コールが発生した。24年前に立ち消えた風が、再び沖縄に吹くか。島のドジャース愛は高々と燃え上がっている。(柳原 直之)

 ▽ドジャータウン構想 00年前後に沖縄県金武町に選手養成学校として「ドジャータウン」を誘致する活動があった。米軍ギンバル訓練場返還跡地の有効利用を図りたい沖縄県と同町と、アジアでのドジャータウンを展開したいドジャース球団の意向が一致。00年6月には当時のラソーダ球団副社長が来日し、沖縄県の稲嶺恵一知事を訪れ意見交換した。稲嶺知事も渡米して協議を進めたが、資金調達や運営体制の確立など課題を残したまま計画は立ち消えていた。

 ≪那覇市特別栄誉賞授与にロバーツ監督感激≫那覇市は同市に縁のあるロバーツ監督が市民に明るい夢と希望を与えたとして、「那覇市特別栄誉賞」を新たに制定し、授与することを決めた。前夜に沖縄入りした指揮官は母方の叔父、伯母らと会い「母や自分に似ていると思った。私が沖縄の血を受け継いでいるということ」と感無量の表情。スピーチの最後には「市議員を通して沖縄全体とハグをしたい」と語り、瀬名波奎議員と熱いハグを交わし、大きな拍手に包まれた。

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