【内田雅也の追球】「早く失敗しろ」の意味 少しも曲折のない川は平凡な風景

[ 2021年1月11日 08:00 ]

<阪神 新人合同練習> 新人選手に訓示する矢野監督(右)(代表撮影)                                  
Photo By 代表撮影

 シリコンバレーには「早く失敗しろ」(Fail fast)という有名な格言がある。失敗を経験していない、まぐれ当たりのような経営者は投資家からもあまり信用されないそうだ。

 アップル創業者のスティーブ・ジョブズも21歳で起業してから幾度も失敗を繰り返し、成功を手に入れた。ウィンドウズにシェアを奪われ、創業した会社を追い出され……と波乱万丈だった。それでも「成功と失敗の一番の違いは途中で諦めるかどうか」と失敗は成功までの過程と考えていた。早く失敗すれば、早く成功できるというわけである。

 もちろん背景には、早い段階で失敗して撤退すれば、その事業にかけるコストは安くすみ、次に進めるという考え方もある。同じ道か違う道か、いずれにしても早く失敗した方が成功にたどりつきやすい。

 阪神監督・矢野燿大が新人選手たちに「早く壁にぶつかれ」と話した意味が分かる。矢野は9日、新人合同トレーニングが行われている鳴尾浜に出向き、次のように話した。「順調に行くことがいいかもしれないけど、オレ的には早く壁にぶつかってくれた方がいいかな。壁にぶつかれば、より成長していけると思う。みんな壁にぶつかって悩んだり苦しんだりすることが絶対にある」

 壁にぶち当たり、悩み苦しんでこそ成功への道が開ける。そのためには高い志を持ち、まずは挑戦することだ。そして失敗することだ。「早く失敗しろ」の精神である。

 毎日一話の教訓を紹介している『月刊朝礼』(コミニケ出版)に「挫折の効用」という話があった。2016年1月22日付に載っていた。

 作家・幸田露伴が随筆に書いている。<一語一句出ないときにこそ、文章の最も魅力的な味わいが生まれるのだ。行き詰まったときにこそ、発奮しなければいけない。少しも曲折のない川は平凡な風景であるように、全く文章が書けなくなったことがない人の文章は、平凡な文章だ>。

 この文を読んだ精神科医の斎藤茂太は「“文章”を“人生”に換えてもあてはまる」と話した。「人生とは、白い原稿用紙に言葉を紡ぎ出すように、不完全な人間が、完全という永遠のテーマに向かって、力を合わせて歩く旅だと思う」

 人生に似る野球である。“文章”を“野球”に置き換えても同じことが言える。 =敬称略=
 (編集委員)

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