【内田雅也の追球】ブドウが熟すように 元同僚・歳内の真摯な姿勢に刺激を受けた阪神

[ 2020年10月17日 08:00 ]

セ・リーグ   阪神5―0ヤクルト ( 2020年10月16日    甲子園 )

初回、阪神打線を3人で斬り、村上(左)とグラブタッチする歳内
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 外国語を訳すとき、ひと言では言い表せない各国固有の言葉がある。そんな言葉を世界中から集めたエラ・フランシス・サンダースの『翻訳できない世界のことば』(創元社)は著者の感性豊かな解説とイラストが楽しい単語集だ。

 彼女は世界各国に住んだことがあり、今はイギリス在住の20歳代だと、同書出版当時の2006年の著者紹介にあった。

 たとえば、フィンランド語の「ポロンクセマ」は「トナカイが休憩なしで、疲れず移動できる距離」という意味だ。日本語の「わび・さび」などもある。そんな『――ことば』が16日、東京ミッドタウンで始まった「トランスレーションズ展」に出展されている。

 姉妹本に『翻訳できない世界のことわざ』(創元社)がある。風変わりなことわざ集で、日本語の「猫をかぶる」「サルも木から落ちる」も紹介されている。

 なかに、トルコ語で「ブドウはお互いを見ながら熟す」がある。エラは<私たちは次第に仲間同士で似るようになり、まわりの人たちから学びながら成長していくという意味がこめられています>と解説している。

 団体競技の野球ではチームメートが刺激しあいながら、ともに成長していく。さらに、その刺激は試合で戦う相手にも受ける。敵同士が刺激しあいながら、好試合が演じられることがある。多分に「人間的」と言われる野球では特にそうだ。

 この夜の阪神は相手ヤクルト先発の歳内宏明に刺激を受けていた。昨年までの同僚だ。阪神時代は幾度も故障に泣いた。育成選手にもなり、ドラフト2位で入団時の背番号26は126に、後に支配下選手に復帰すると97を背負った。

 昨年秋、阪神は戦力外通告をする際、球団職員への転身を打診した。だが歳内は現役続行を望んだ。トライアウトを受け、台湾でのアジア・ウインターリーグにも単身参加した。昨年12月末、四国アイランドリーグ・香川に入団した。今年、同リーグでの好成績が認められ、9月にヤクルトと契約、NPB復帰をかなえた。

 古巣との対戦に闘志がにじみ出ていた。再び甲子園のマウンドに立てた喜びがあふれていた。何よりも野球に真摯(しんし)な姿勢が見えた。長打を浴びた際のファウル地域へのバックアップ、一ゴロの一塁ベースカバーは全力で駆けていた。

 当たり前のことだと言うなかれ。日々、試合を行うプロ野球では、つい怠ることもある。いわゆる「凡事徹底」の姿勢が美しく、光って見えた。

 3連敗中で打線低調だった阪神は、元同僚が必死にがんばる姿に刺激を受けたのだ。適時打を放った大山悠輔や梅野隆太郎は歳内の真摯さに真摯さで応えたわけである。

 エラは「良くない人」の影響も受けるとして<それは、ブドウであっても、人間であっても同じです>としている。今回の阪神は歳内に好影響を受け、なくしていたはつらつさが戻っていた。=敬称略=(編集委員)

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