同じ46歳!工藤 ランディ魂継ぐ!

[ 2010年1月7日 06:00 ]

練習を終え、ランディ・ジョンソンとの思い出を語る西武・工藤

 ビッグユニットの魂はオレが受け継ぐ――。プロ29年目を迎える西武・工藤公康投手(46)が6日、埼玉・西武第2球場で始動した。くしくも同日(米国時間5日)に同じ1963年生まれで親交の深かったランディ・ジョンソン投手(46)が現役引退を表明。高いプロ意識を持つ左腕同士はトレーニングを通じて高め合ってきただけに、工藤は盟友の引退を惜しむと同時に、1年でも長い現役生活を誓った。

 寝耳に水、のニュースだった。同じ46歳左腕。太平洋を挟んで切磋琢磨(せっさたくま)してきた盟友が、ユニホームに別れを告げた。工藤は驚きを隠せなかった。
 「本当にランディ辞めるの?うっそ~。辞めないって言ってたのに…。もったいない。残念だよ」
 00年の日米野球で意気投合し、02年12月に初めてジョンソンの米アリゾナ州の自宅を訪問。その後も毎年のようにオフはアリゾナを訪れ、同じ施設で練習を行ってきた。直接会ったのは06年オフの自主トレが最後。「オレとおまえで(日米で)トレードしようって、(冗談で)そんな話もしていた」と工藤。共通のトレーナーからは「痛めていた腰も手術して良くなった。大丈夫」と聞いていた。それだけに引退は、自分のことのように無念だった。
 「過酷なメジャーの先発を、22年間も投げきったのは凄い。野茂が10年やって化け物だと思ってたけど、オレからすればジョンソンはスーパーマン。持って生まれたものもあるだろうけど、彼の努力があったからあそこまでなったんだ。体が大きい割には筋肉の柔軟性が凄かったし、抑え気味で160キロくらい投げていた」
 長く、親しい交流の中で、耳に残っている言葉がある。「オレとおまえ、どっちが(現役を)長くやるかな?」――。自身も昨年、横浜から戦力外通告を受けたが古巣の西武に移籍。同い年の盟友が引退表明したこの日、くしくも懐かしい西武第2球場でプロ29年目のスタートを切った。午前7時45分にランニングを開始。室内ではネット目がけて183球の“初投げ”も行った。
 「アメリカに行くことがあれば、あいつも辞めて暇だろうし飯でも食べたいね。いつかゴルフもやろうぜって言ってたし」と工藤。そして「お疲れさまでした。オレは、今年も頑張ります」と続けた。今年も、そしてこれからも。1年でも長い現役生活こそが、ジョンソンへの何よりの“はなむけ”になるはずだ。

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2010年1月7日のニュース