リネールが持つ“王者の誇り” 日本柔道は打ち崩せるか

[ 2015年8月25日 10:30 ]

リネール

 2メートルを超す大男が青筋を立て、口角泡を飛ばして迫ってきた。

 「あの技は有効だったかもしれないが、あれが有効なら俺はもう1個指導を取っていたぞ!」

 突然の反論に鈴木桂治コーチはたじろいでしまった。ロシアで行われた昨年の柔道の世界選手権。100キロ超級で日本の七戸龍(26=九州電力)が絶対王者のテディ・リネール(26=フランス)をあと一歩まで追いつめた。

 リネールは指導3をリードしながらも、残り35秒、七戸の大内刈りで横倒しにされた。判定はノーポイントだったが、試合直後に鈴木コーチに見せたリアクションに悔しさがあふれていた。

 「それだけ短気で、プライドが高いということですよ」。04年アテネ五輪の100キロ超級金メダリスト、そして現在は日本代表男子の重量級担当を務める鈴木コーチは苦笑いして振り返った。

 格闘技の世界において“強さ”は圧倒的な価値がある。ボクシングのメイウェザーしかり、レスリングの吉田沙保里や大相撲の白鵬、一昔前ならPRIDEのヒョードルが思い浮かぶ。

 一連の不祥事発覚以来、全日本柔道連盟関係者は「人間教育」をしきりに叫んでいるが、それは強さとの両輪でこそ一層輝くものだ。

 リネールがこれまでにシニアの国際大会で喫した黒星はわずかに2つしかない。銅メダルに終わった08年北京五輪準決勝での指導差負け、100キロ超級との2階級制覇を狙って上川大樹に指導差で敗れた10年世界選手権無差別級決勝のみ。世界選手権は6連覇中で、その間にロンドン五輪も制した。

 上川戦から積み上げた連勝は60を超えた。柔道史でも最高の選手として、“強さ”の象徴としての輝きは往年の山下泰裕や井上康生に並び、しのぐほどになっている。

 母国ではルノーのCMキャラクターに起用され、パリの街中でもリネールの看板を見かける。アディダスの重要な契約アスリートの1人として世界的な知名度もあり、総合格闘技のUFCからは毎年100万ドル(約1億2000万円)のオファーが届くという。

 今年5月のマスターズでは、リネールが七戸にあっさりと一本勝ちして借りを返した。今年の世界選手権も両者が対戦するとすれば決勝戦だ。

 日本男子代表の井上康生監督は「日本柔道界の核」と位置づける100キロ超級の戦い。果たしてリネールの王者の誇りが勝るか、それとも日本柔道が王者の鼻をへし折ることができるだろうか。(雨宮 圭吾)

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2015年8月25日のニュース