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【さくらいよしえ きょうもセンベロ】86歳敬う行儀“酔い人々”

[ 2016年7月8日 05:30 ]

昭和39年創業。神田ガード下の中でも老舗
Photo By スポニチ

 そこには昭和があった。センベロライター、さくらいよしえが向かったのは東京・神田。「大越(おおこし)」の創業は1964年(昭39)、東京オリンピックの年。ガード下で紳士(淑女)たちの酔態を見守り続けている。ほろ酔いながら時代の足音に耳を澄ませた夜――。

 「大越」は、神田ガード下の中でも老舗だ。以前、すぐ隣に並んで「升亀(ますかめ)」という同じく昼から通し営業の大衆酒場があった。

 グループ客で白昼から熱狂する「升亀」が“動”なら、こちらは大人がしっぽり一献傾ける“静”。

 外観も品書きの内容も似たお隣さん同士だが、どうしてこんなに雰囲気が違うのか謎だった。

 厨房(ちゅうぼう)ではのりの効いたかっぽう着姿の精鋭がフライや煮物、刺し身に腕を振るう。全員、お店同様いぶし銀。

 フロアにはフォワード部隊が横一列に並び、客が手をあげると無駄のない動きで速やかに向かう。

 焼酎が濃ゆいホッピーを痛飲している酔客さえもどこか乱れてはならぬと礼節正しい千鳥足。このきちんと感が謎。

 達筆な短冊を見渡す。本日のオススメは太文字の「あじ叩き400円」。

 ふと、いぶし銀世界を天空から見守るような好々爺(こうこうや)と日本髪の女将さんが現れた。「古くてお恥ずかしい。ここは東京オリンピックの年に始めたんですよ」。社長は千葉の農家から上京、食堂で見習い後、開業。ほどなく常連の紹介で、長崎の奥さんと結ばれたそうな。

 尻尾がビーンと反ったアジが来た。毎朝、社長自ら築地で魚を仕入れる。小アジの唐揚げ280円もしゃくしゃくと小気味良く、クジラベーコンの甘い脂がとろけて、冷えたビール(大瓶500円と破格です)が進む。隣では定食をアテに飲む熟年夫婦。テレビもラジオも演歌もない。ただひたすら、平和。

 岩手から集団就職し40年も働く古参従業員もいた。「皆長いの。よくやってくれます。従業員はもう家族」とほほ笑む社長が、スニーカー履きなのにはたと気がついた。

 店が混むとやおら好々爺はフォワード部隊にまじりスタンバイ。まさかの現役…!「なんで戦争なんかしたんだろう。敵一人殺せなんてひどい時代。昔は野球もなかったのよ」と語る戦前生まれ86歳の社長が現場に立つという、プレッシャー。

 その姿に店員の皆さんは、精鋭から超精鋭になった。わしもほろ酔いながら襟を正した。謎が解けた。

 この店独特の風格の正体は、超働き者かつピースフルな好々爺。間もなく「私はここで失礼します。ごゆっくり」。やっとお帰りかとホッとしたら、「仮眠をとって夜10時にまた出勤ですヨ」。

 ◇大越 圧巻の短冊メニューは100種類以上。社長の越川重雄さん、信子さん夫妻らスタッフの目配り、気配りが店の隅々まで行き届いている。昼からの通し営業で、ランチもコロッケ定食(500円)、サバ味噌煮定食(600円)などメニューも充実(うな重はなんと800円!)。定食のおかずをアテに一杯…などというオツな昼飲みも可能。女将の信子さんは芸術家としての一面も。東京都千代田区鍛冶町2の14の3。(電)03(3254)4053。営業は月~金曜日が午前11時から午後11時。土曜日が午前11時から午後10時。日曜、祝日定休。

 ◆さくらい よしえ 1973年(昭48)大阪生まれ。日大芸術学部卒。著書は「東京★千円で酔える店」(メディアファクトリー)、「今夜も孤独じゃないグルメ」(交通新聞社)、「にんげんラブラブ交叉点」(同)など。

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