【内田雅也の追球】いい雰囲気の甲子園 「奇麗な風」に乗って さあ、いこう

[ 2022年6月17日 08:00 ]

練習前の円陣で阪神・井上ヘッドコーチ(99)の言葉に笑顔を見せる野手陣(撮影・北條 貴史)
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 梅雨時の曇り空の下、甲子園球場には涼やかな風が吹いていた。無人のスタンドに風の音がする。グラウンドでは阪神が練習を行っていた。

 <六月を奇麗な風の吹くことよ>と野球を愛した正岡子規の句にある。そんな風だった。

 肺結核を患っていた子規は1895(明治28)年、日清戦争に記者として従軍、中国に渡った。病状は悪化し、帰国の船中で喀血(かっけつ)して危篤状態となり、国立神戸病院に入院。その後、須磨保養院に移った。その当時の句である。この6月は旧暦で、新暦では7月だが、いずれにしろ、梅雨の蒸し暑い季節に何とも涼しい風が吹いてきたではないか、との感嘆を詠んでいる。

 この日の阪神の選手たちも風を感じながらの気持ちの良い練習だったことだろう。投内連係、シートノック、フリー打撃……と進んでいく。よく声が出ていた。

 記者席にスタンドや銀傘に響く声が伝わってくる。そしてよく笑っていた。本来の姿なのだろう。開幕から長い不調の時、白い歯や笑顔はどこか不謹慎なようで、知らずのうちに慎んでいたのかもしれない。今はよく笑う。いい雰囲気だった。

 リーグ優勝、そして日本一となった1985(昭和60)年のオールスターブレークの練習を思う。球宴前最終戦で広島に勝ち、首位に3ゲーム差で後半戦に望みをつないだ。当時監督の吉田義男は球宴休みに「いい練習ができた」と手応えを感じていたそうだ。

 吉田は選手たちに語りかけていた。「皆よくやってくれた。絶えず前進するため、謙虚になろう。本当の勝負はこれからだ。チーム一丸となってやろうではないか」

 この日、監督・矢野燿大が選手たちに話した内容とよく似ている。「どん底から皆がよく盛り返してくれた。自分たちがやりたかった野球でチャレンジしていこう」

 交流戦で盛り返し、3連勝で終えた。ブレーク期間を「いい練習」で有意義に過ごせた。

 いま一度、子規を思う。晩年は病床で野球への思いを募らせた。<春風やまりを投げたき草の原>も<草茂みベースボールの道白し>も発病後の句である。先の<奇麗な風>にはプレーへの渇望が含まれていよう。

 リーグ戦が再開する。さあ、いこう。風に乗っていこう。=敬称略=(編集委員)

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2022年6月17日のニュース