要注意は1番と4番…春日部共栄・金子 内角攻めで春の王者沈めた

[ 2014年8月12日 05:30 ]

<龍谷大平安・春日部共栄>初戦を突破し笑顔でアルプススタンドに向かう春日部共栄ナイン

第96回全国高校野球選手権大会1回戦 春日部共栄5―1龍谷大平安

(8月11日 甲子園)
 1回戦3試合が行われ、開幕戦では春日部共栄(埼玉)が今春のセンバツ覇者で優勝候補の龍谷大平安(京都)を5―1で破る金星を挙げた。97年以来17年ぶりの甲子園勝利。金子大地投手(3年)が強力打線を封じ、7安打1失点で完投した。センバツ優勝校が開幕試合で敗退したのは1939年の東邦商(現東邦=愛知)以来2度目だった。甲子園開場90周年の節目の年。台風11号の影響で2日遅れで開幕した今大会は、波乱を予感させる初日となった。

 最後に笑った。白い歯をこぼし、口を真一文字に結び直してこん身の1球を投じた。空振り三振。そして大歓声。春の王者を沈めた金子の頬を浜風が撫でていった。

 「感無量です。最後は守屋(捕手)が“楽しもう”って。だからMAXを出してやろうと」

 ラストは狙い通りにこの日最速の135キロ。外角低めに決めたその1球には龍谷大平安封じのタネが詰まってた。センバツ5試合で43点の強力打線に序盤、厳しく内角を突いた。大阪入り後の練習。打席に立つ仲間に死球を当ててまで磨いた内角球を生かした。

 要注意の1番・徳本と4番・河合を、走者を置いた計5打席で抑え込んだ。1点を失った7回2死一塁は、徳本を外角直球で見逃し三振。8回無死一、二塁では、河合を内角寄りの直球で三ゴロ併殺に。内角の意識付けをした結果だった。「相手に合わせて自分のスタイルを変えてもうまくはいかない。強気に内角直球が僕のスタイル」

 どんな相手にも金子はぶれない。それは野球以外も同じだ。文武両道を求め、千葉県松戸市の自宅から電車で片道1時間の春日部共栄へ進学。中学3年時は半年間ボールを握らず、受験勉強に専念した。入学して投げてみたら「上手だったのがスリークオーターになっていた」という。それが球の出どころが見にくい今のフォームの基礎に。受験勉強が甲子園で1失点完投につながったのだ。

 開幕試合。台風の影響で2日延び、練習場を探して奔走しても平常心だった。8日の練習後のこと。外野の芝に車座になって本多利治監督の言葉を聞いた。「俺たちの決勝戦は6万人だったんだぞ。大観衆の中でやれるお前らは幸せだ」。75年センバツ優勝の高知の主将だった指揮官。当時決勝の相手は原辰徳(現巨人監督)を擁する東海大相模で超満員の5万8000人だった。金子は「夢の舞台を楽しもう」と思い、満員の4万7000人が詰めかけた中、打っても初回1死満塁で左前適時打。本多監督に甲子園通算10勝目を届け、埼玉県勢春夏通算甲子園100勝目もしるした。

 「監督さんの10勝目なのでホッとした。県勢100勝か…。このまま全国制覇したい」。金子の目は、埼玉にまだない深紅の大旗を見ていた。
 
 ◆金子 大地(かねこ・だいち)1996年(平8)7月25日、千葉県出身の18歳。小3から野球を始め、小金中では軟式野球部に所属し、最高成績は県8強。春日部共栄では1年秋からベンチ入り。趣味は音楽鑑賞。将来の夢はプロ野球選手。50メートル6秒9、遠投100メートル。1メートル75、78キロ。左投げ左打ち。

 ≪初戦敗退16度目≫センバツ優勝の龍谷大平安が開幕戦で敗退し、春夏連覇を逃した。センバツ優勝校が夏にも出場したのは42度目で、初戦敗退は昨年の浦和学院に続き16度目。センバツV校が開幕戦に出場したのは39年東邦商と01年常総学院に次ぎ3度目で、開幕戦敗退は東邦商以来2度目となった。

 ≪埼玉勢春夏通算100勝≫春日部共栄は初回表に5得点。開幕戦の初回表5得点は、05年鳴門工(○14―3宇都宮南)と並ぶ大会最多得点。またこの勝利で、埼玉勢は全国21番目の春夏通算100勝に到達した(春43勝、夏57勝)。

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