元幕内力士が異例の転身 元磋牙司の磯部さん「つまづきや生きづらさを抱えた子供たちを支援したい」

[ 2022年8月10日 11:05 ]

断髪を終え、第2の人生への思いを述べる元磋牙司の磯部さん
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 身長1メートル65の小兵ながら、鋭い立ち合いからの突き押しを武器に活躍した大相撲の元幕内・磋牙司の磯部洋之さん(40)が新たな人生の第一歩を記した。自身が「卒業式」と位置づけた断髪式は8月7日。地元の静岡県沼津市で行われ、18年間の力士生活に別れを告げた。引退を発表した昨年夏は新型コロナウイルスの感染状況がひどかったため、1年後をメドに日程を調整。約400人にはさみを入れられ「ひとりひとり…、それぞれへの思いがこみ上げました」と感慨に浸っていた。

 力士の場合、年寄株を取得するなどして日本相撲協会に残れる人間はわずかしかいない。ちゃんこ店で従事する者、タレントになる者、格闘技転向や一般企業に就職する者、その道はさまざまだが、磯部さんは障がいを抱える子供たちを支援する道を選んだ。

 「つまづきや生きづらさを抱えた子供たちを支援したい」。現在は富士市の放課後等デイサービスで日々勉強中。来春の独り立ちを目指している。

 現役時代から子供と遊ぶのは好きだったという。体の不自由な子供たちから手紙をもらうことも多かったが、引退後に知り合いの勧めで放課後デイサービスに赴いたのがきっかけだったという。「子供たちと触れ合って支援したい気持ちが芽生えました」。自身には脳性まひを抱える小学校時代からの旧友もいる。「彼の影響も大きかったですね。今でも良く遊んだりしますけど、何かの縁も感じます」。旧友はコロナ禍のため断髪式には出席出来なかったが「連絡が来たので“頑張るよ”と返しました」と磯部さんは話す。

 断髪式では、同じ日に入門し、付け人として支えてくれた元駒司の池戸彰さんが号泣しながらはさみを入れた。はさみを入れる人が入れられる人より泣くのも珍しい光景。それも磯部さんの人柄を物語る感動的なシーンだった。相撲界でしか経験できなかったこともたくさんある。自分一人では生きてはいけない。家族、恩師、先輩、同級生、後輩。周囲の支えがあってこその40年間だったと心に強く刻んだ。

 整髪後には、感謝の気持ちを胸に「第2の人生、序ノ口からですが頑張っていきます」とあいさつした。40歳からの再出発。いばらの道は続くが、思えば土俵生活も絶対に諦めない不屈の闘志を見せつけた18年だった。幕下に何度も落ちながら6回も十両に復帰。14年夏場所で幕下に陥落後、関取復帰を目指し幕下、三段目で引退するまで約7年、43場所も現役を続けた。200キロの臥牙丸を下手ひねりで破るなど大きな力士を相手に奮闘し、11年秋場所では栃乃若相手に一本背負いを決めた。相撲界で学んだことは、と問われると「堪えしのぶということ」と答えた。

 「また幕内を目指します。何が幕内かは分からないですけど、自分にウソのない、自信のある生き方をしたい。いろいろ勉強をして頭も下げて、また頑張っていきます」。老人介護施設でサポート活動する元力士はいるが、障がい児童のサポートは異例の転身。それでも「注目してください。それがプレッシャーにはなると思うけど、お尻をたたかれないとダメな性格だから」と笑う。

 強くて、優しくて、格好良い。「お相撲さん」は子供たちに夢と希望と力を与えくれる憧れの存在だ。大銀杏(いちょう)というシンボルはなくなっても、磯部さんは、そうあり続けるだろう。

 ◇磯部 洋之(いそべ・ひろゆき)1981年(昭56)12月21日生まれ、静岡県三島市出身の40歳。小学4年から相撲を始め、6年でわんぱく横綱、錦田中では全国中学都道府県大会で個人、団体で優勝。沼津学園(現飛龍)2年時に高校横綱。東洋大では全国学生選手権団体制覇に貢献した。入間川部屋に入門し2004年春場所で「磯部」で初土俵。07年九州場所で新十両に昇進し「磋牙司」に改名。10年春場所で新入幕を果たし、幕内は通算6場所務めた。昨年名古屋場所後に引退を発表。通算467勝452敗21休、最高位は西前頭9枚目。

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2022年8月10日のニュース