【21歳の浅田真央】悲しみ乗り越え日本の頂「一番近くにいてくれている」

[ 2020年9月16日 07:24 ]

11年12月の全日本選手権、女子フリーでフィニッシュする21歳の浅田真央さん(撮影・北條 貴史)
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 フィギュアスケート女子で10年バンクーバー五輪銀メダル、世界選手権3度優勝の浅田真央さん(29)が、9月25日に30歳の誕生日を迎える。

 20代最後の演技となった8月30日の「浅田真央サンクスツアー」栃木公演後に、「20代はホントに色々な経験をしました。乗り越えなければならない壁がたくさんありましたが、自分なりに乗り越えてきました」とコメント。何を経験し、どんな壁を乗り越えてきたのか。節目の一日を前に、印象的な言葉とともに浅田さんの20代を振り返る。第2回は21歳。

 浅田さんの21歳には、深い悲しみがともなっていた。11―12年シーズン、GPシリーズのNHK杯2位、ロシア杯優勝で3季ぶりにGPファイナルに駒を進めたが、大舞台のリンクにその姿はなかった。闘病中だった母・匡子さんの容体が悪化したという連絡を、開催地のカナダ・ケベックで受けて開幕前に緊急帰国。11年12月9日早朝、浅田さんが日本に向かっている時に、最愛の母は天国へ旅立った。

 わずか2週間後、浅田さんは全日本選手権(大阪)のリンクに立った。SP2位発進から、フリーで逆転戴冠。天を見上げて「愛の夢」を終えると、そっと瞳を閉じた。

 「自分も凄くうれしいですし、母も喜んでくれていると思う。今回も、一番近くにいてくれている感じがした。何も報告しなくても、分かっていると思います」

 12年2月の四大陸選手権は2位。同3月の世界選手権は開催地フランス・ニース入り後、公式練習を含めて一度もトリプルアクセル(3回転半ジャンプ)を決められずに2大会連続の6位だった。競技直後に「力を出し切れなかった。何をしていたのかなあ・・・」と力なくつぶやいた浅田さんは翌日、「今の状態からでも、どんどん上げていけば、2年後に100点以上のものになる」と14年ソチ五輪を見据えていた。(杉本 亮輔)

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