野口啓代と壁の呼吸

[ 2020年8月13日 12:00 ]

リード・ジャパンカップで半年ぶりの実戦に臨んだ野口啓代(撮影・小海途 良幹)
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 久しぶりの感覚が心地よかった。スポーツクライミングのリード・ジャパンカップが9―11日に岩手・盛岡で行われ、女子で来夏の東京五輪代表に決まっている野口啓代(TEAM au)は2位。連覇には届かなかったが、ライバルと争う緊張感と全力を尽くした疲労感が全身を包んだ。

 「このご時世で大会が開催されて良かった。久々にみんなと会えて良かった」。通常なら大会側が用意するロープを各選手が持参し、選手の密集を避けるため日程も従来より1日増やすなどの新型コロナウイルス感染予防策を講じ、緊急事態宣言が解除されてから五輪競技では初となる日本一決定戦は幕を閉じた。

 コロナ禍で、野口は2月のスピード・ジャパンカップを最後に競技会から遠ざかった。例年ならW杯で海外遠征を敢行していたはずが、他競技のアスリートと同様、これまでの日常は失われる。「大会に出ていたことのありがたみや、世界が平和じゃないとできないことだったんだなとあらためて感じた」。静かに自らと向き合う一方、息抜きとして大人気漫画「鬼滅の刃」を読んだ。

 好きなキャラクターは「う~ん、みんな好きだけど・・・」と悩んだ末に、「恋柱」の甘露寺蜜璃を挙げた。常人の8倍の筋肉密度を持つ甘露寺のように、野口も鍛え抜いた体で課題と向き合う。東京五輪を最後に現役引退する意向で、本来なら既に競技生活に終止符を打っていた。夢舞台が来夏に延期となり、恋をしてきたクライミングにあと1年、全集中で打ち込む。

 今春、スピード、ボルダリング、リードの3種目の競技壁が茨城県龍ケ崎市の実家に完成。恵まれた環境で、自粛期間中もトレーニングを積めた。「毎日のように、自分は全然まだまだだったんだなと実感させられまくり」。W杯ボルダリングで通算21勝を挙げるなど、タイトルを積み上げてきた31歳は、さらに強くなれる理由を知った。

 半年ぶりの実戦となったリードでは、高度を上げながら効率的に休み、腕力を回復させることが重要になる。「これまではボルダリングの能力でリードを補うような、押し切るスタイルだった」と言うが、今は「登っている途中でレスト(休憩)したり、呼吸を整えたり、落ち着いて登れるようにしている」と明かした。ジャパンカップでは森秋彩(16=茨城県連盟)に及ばなかったが、予選から決勝までの4課題中、3課題で完登。“壁の呼吸”の体得は間近に迫る。

 3種目の複合で争う集大成の東京五輪。昨夏の世界選手権の複合では銀メダルを獲得した。頂点を見据え、7月以降に五輪と同時間帯に3種目をこなすなど、シミュレーションに着手している。「暑い中でもパフォーマンスを落とさず、集中したトライができるような練習をしていきたい。東京五輪で金メダルを獲りたい」。世界に散らばるクライミングの鬼を倒すため、日本の大黒柱は刃を研ぐ。(記者コラム・杉本亮輔)

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