パラ射撃・水田光夏 動かない体も私の武器 22歳新社会人のポジティブシンキング

[ 2020年5月3日 05:30 ]

Challenge 春――新たな挑戦

こだわりのネイルを披露する水田
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 パラ射撃でエアライフル男女混合10メートル伏射(上肢障がいSH2)の水田光夏(22)は、桜美林大在学中の昨年10月に東京パラリンピックの切符を手に入れた。今春に白寿生科学研究所に入社。感覚のない左手の指先で引き金を引き、障がいで動かない体を「競技ではメリット」と語る若きヒロインは、1年延期となった東京大会に向けて成長を誓った。

 期待に満ちあふれていた社会人生活は、見えない敵によって阻まれた。制限された環境下ではあるが、水田は前を向いている。

 「学生の時は授業で練習が不定期。社会人になったら定期的に練習できるはずでしたが今は全くできない。新型コロナウイルスの影響で環境ががらりと変わりました」

 中学2年の時、遺伝子異常による末梢(まっしょう)神経の疾患で、四肢の筋力や感覚が低下する指定難病の「シャルコー・マリー・トゥース病」を発症し、車椅子生活となった。障がいとの関係は見つかっていないが、呼吸器官の機能数値は低い。

 「以前から“風邪をひいたら入院”って言われている。新型コロナでパラアスリートが重症化しやすいんじゃないか、っていうニュースを見たとき、関係ない話ではないと思いました」

 現在東京・味の素トレーニングセンターを含め、都内の射撃場は全て使用不可。水田は感染予防のため、外出は一切していない。自宅でストレッチや、過去の試合データの分析をするのみ。東京パラの内定の扱いについても連絡を待つしかない状況にある。

 「延期が決定したときは残念だったけど、今は切り替えている。来年に向けて新しい気持ちで練習して、1年分成長して臨みたい」

 3歳からクラシックバレエを始め、小中学生のときは学級委員長を務めるなど、人前に立つことが好きだった。

 しかし、ペンを落としたり、足が震えたりすることが増え、病気が発覚した。

 「病気になったことよりも、一番大好きなダンスができなくなったことがつらかったです」

 何か新しいことを始めようと、高校2年の時にパラ射撃で04年アテネ大会から3大会連続で出場した田口亜希さん(49)の講演会に参加。競技に魅力を感じ、エアライフルの免許を所持できる18歳から本格的に開始した。現在は右肘から先、両膝から先の感覚がない。引き金を引く左手も、握力は4・5キロ。さらに指先は第1関節から先の感覚がない。

 「指先の感覚がないので、エアライフルを始めた時は、引き金を見ながらじゃないと、いつ弾が出ていってしまうか分からなかった」

 構えた状態では、引き金を直接見ることができない。競技開始から1年ほどは、手前に鏡を置き引き金を引く感触や動きを体に覚え込ませた。今では鏡を置くことはほぼないが、体中の感覚が重要になる。おなかとテーブルの当たる位置、グリップを握る感覚、両肘の位置などを試合中に確認している。

 「私は体の動かない部分が多い。でも射撃は動かないことが大事だから、メリットになっています」

 17年に初出場したパラ射撃全日本選手権で2位。18年は3位。19年は自己ベスト(633・3点)を出して念願の初優勝。競技歴3年にして、国内トップ選手に躍り出た。成長し続けて、迎えた4年目。狙っているのは「自己ベストを0・1点でも超えること」。1年延期になった夢舞台では、世界のトップに名乗り出る。

 【パラ選手初採用「貢献したい」】水田は福祉機器や健康器具を取り扱う白寿生科学研究所にアスリート採用で入社。セパタクローなどマイナースポーツの選手が所属しているが、パラ選手の採用は初めて。事業開発部に配属が決定しており、社のブランディング業務を行う予定。競技引退後のことも考慮し、「週2日出勤、週3日練習」のスケジュールになっており、より練習に打ち込みやすい環境になっている。現在水田は4月1日の入社式と次の日の研修以来、在宅勤務の日々が続いているが「アスリートとしても新社会人としても仕事を覚えて貢献していきたい」と語った。

 ▽パラ射撃 五輪とほぼ同じルールで行われ、制限時間内に規定の弾数を撃ち、的に当たった合計得点を争う。大きく異なるのは、選手自身で銃を構えられるSH1と、支持スタンドを使うSH2に分けられていること。銃はライフルとピストルの2種類、射撃姿勢は立射、膝射(しっしゃ)、伏射の3種類に分かれている。水田のエアライフル男女混合10メートル伏射は、本戦の1時間で60発を撃つ(満点は654・0点)。ファイナルは150秒5発を2度行い、その後30秒1発を2回行うごとに最下位選手が脱落し、順位が確定する。

 ◆水田 光夏(みずた・みか)1997年(平9)8月27日生まれ、東京都町田市出身の22歳。町田市の特別支援学校、都立町田の丘学園から桜美林大に進学。今年4月に白寿生科学研究所に入社。競技歴3年で19年10月の世界選手権(シドニー)に出場(24位)し、パラ射撃の東京大会内定第1号に輝いた。ヘアゴムやライフルケースなどをピンクで統一し、海外では「ピンクベビー」の愛称で親しまれる。1メートル50、45キロ。

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