NBA選手を激怒させたベテラン記者のコラム 日米ジャーナリズムの微妙な違い
【高柳昌弥のスポーツ・イン・USA】サクラメント・ビー紙のベテラン記者、アンディー・ファリロ氏が書いたコラムはこんな内容だった。
登場人物はカリフォルニア州サクラメントを本拠にしているNBAキングスのディマーカス・カズンズ(26)とマット・バーンズ(36)の2人。ニューヨーク遠征時にバーンズがナイトクラブで女性店員の首を絞め、カズンズがその店員のボーイフレンドにパンチを浴びせたとされる騒動についての感想と言った方がいいかもしれない。そして「昔のスター選手はもっと粋な場所でナイトライフを楽しんだ。それなのに2000ドル(約24万円)も請求されるVIP席に座り、揚げ句、騒ぎを起こす。バーンズもカズンズもニューヨークではもっとましな場所が必要だ」という主観がこめられていた。
さてこのコラムを読むやいなや、カズンズは激怒。アリーナにやってきたファリロ記者を指さしながら詰め寄り、ありったけの?罵詈雑言を浴びせながら、つかみかかろうとしたのである。カズンズは2メートル11で122キロ。体格でかなうわけがない。しかも気が短い選手として有名。その体自体が“凶器”になる寸前だった。あわててチームメートと関係者が中に入って制止。ロッカールームは異様な雰囲気に包まれた。
カズンズが怒った理由はニューヨークで問題を起こしたことを追求されたからではない。ファリロ記者は、カズンズが今年の5月にもナイトクラブでトラブルを引き起こしたことをコラムの最後に「参考」として付け加えているのだが、ここにカズンズの実弟が絡んでいたことを実名で紹介。この「主題と直接関係はないが、あった方がよりわかりやすい」というわずか2行ほどの部分が、カズンズの頭脳から“冷却機能”を奪ってしまったのだ。
カズンズは「仲間とチームに迷惑をかけた。弁解はできない。申し訳なかった」と謝罪。しかしキングス側は同選手に対して異例の5000ドル(約59万円)という罰金を科した。
もっともキングスのデビッド・イエーガー監督(42)はカズンズの非は認めながらも「彼ら(サクラメント・ビー紙)が正しいとも思わない」と微妙なコメントを残している。おそらく、それは弟の名前までここで明かす必要があったのか?という部分だと思う。さらにバーンズもカズンズも逮捕はされておらず、刑事事件になっていない出来事をコラムで書くべきなのかという疑問もあったのではないか?とも考えている。
サクラメント・ビー紙のジョイス・ターハー編集長は「最後の部分は適切な参照であり、ジャーナリズムでは基本的な部分」と同監督に反論するような記事を後日掲載しているが、ここで問題なのは、そのジャーナリズムをどこまで選手が理解しているかということだろう。
弱腰かと思われるかもしれないが、たとえルール上問題はなくても“記者の情け”がこのコラムには少し欠けていたような気がする。「どんな選手も原稿の基本くらいは理解しておけよ」というスタンスは高飛車のようにも思える。なにより「昔」を賛美して「今」を批判するのは、コラムの切り口としては“ボツ”にしたいところ。暴力と暴言は絶対に許されるべきものではないが、私としてはイエーガー監督のコメントを支持したい。そして、この処分を科せられた日の試合で今季自己最多の55得点をたたき出してチームの勝利に貢献したカズンズには「その才能をコートの外でつぶすんじゃない」と口をすっぱくして言っておきたい。(専門委員)
◆高柳 昌弥(たかやなぎ・まさや)1958年、佐賀県嬉野町生まれ。上智大卒。ゴルフ、プロ野球、五輪、NFL、NBAなどを担当。スーパーボウルや、マイケル・ジョーダン全盛時のNBAファイナルなどを取材。50歳以上のシニア・バスケの全国大会に6年連続で出場。
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