×

【井原正巳 我が道25】ジョホールバル歓喜より安堵 そして本大会の代表メンバー争いへ

[ 2025年7月26日 07:00 ]

イラン戦で岡野がW杯出場を決めるゴールデンゴール
Photo By スポニチ

 アウェーの韓国戦は11月1日。韓国は既に本大会出場を決めていたが、日本に対して手加減することはないし、ホームで負けるわけにはいかないので、厳しい勝負になると思っていた。国立競技場で逆転負けしているので、「借りを返そう」という強い思いもあった。だが、日韓共催が決まったことでスタジアムは「日本も頑張れ」と、日本のホームのような雰囲気だった。いいテンポで試合が進み、2―0で勝って望みをつないだ。

 「W杯最終予選は最後まで何が起こるか分からない」とドーハで学んでいたし、可能性がある限り、最後まで戦うつもりだった。その意気込みが伝わったのか、日本と2位を争っていたアラブ首長国連邦(UAE)がウズベキスタンと引き分けて、日本に大きなチャンスが巡ってきた。メンバーも「あの時の悔しさ」を知っているFW中山雅史やMF北沢豪が途中から加わり、心強かった。最終戦のカザフスタン戦も5―1で大勝し、B組2位に入り、第3代表決定戦に臨むことになった。

 マレーシア南部のジョホールバルで開催された第3代表決定戦の相手はA組2位のイラン。当初は中東での開催といわれていたが、日本サッカー協会が頑張ってジョホールバルになったと聞いた。移動距離は同じぐらいだが、時差や気候を考えれば日本がやや有利。しかも、日本から大勢のサポーターが来てくれてホームのような雰囲気だった。予選は2カ月以上も続いていて疲れもあり、「ここで決めたい」という思いは強かった。

 2―2でゴールデンゴール方式の延長戦に入り、延長前半から出場したFW岡野雅行が何度も決定機を外し、その都度「いいかげんにしてくれ」と思いながら守っていた。ただ、「いつか決めてくれる」とも確信していた。延長後半13分に岡野がスライディングしながらゴールを決めた瞬間は「やっと終わった。何とか役割を果たせた」と思った。歓喜というより、安堵(あんど)したと言った方がいい。FWカズさん(三浦知良)と中山を、FW城彰二とFW呂比須ワグナーに代える大胆な岡田武史監督の采配も見事だった。ただ、チームはW杯出場権を獲得したが、選手は本大会の代表に選ばれたわけではない。「新たな競争が始まった」とすぐに冷静になった。

 12月に1次リーグの組み合わせ抽選会が行われ、日本はアルゼンチン、クロアチア、ジャマイカと対戦することが決まった。強豪と当たることは予想していたので驚きはなかった。日本サッカー協会も、出場権を獲ることが目標だったので、ここから先は手探りだった。W杯出場決定は31番目で、既に条件の良いキャンプ地は先に出場を決めた国に押さえられている。それでも、何とかスイスのニヨンに合宿地を確保、フランス東部のエクスレバンにベースキャンプを置くことも決まった。私も「予選で苦労したのだから、本大会に行かないと」という思いがますます強くなった。

 ◇井原 正巳(いはら・まさみ)1967年(昭42)9月18日生まれ、滋賀県出身の57歳。守山高から筑波大を経て横浜Mの前身の日産入り。磐田と浦和でもプレー。アジアの壁と言われ、大学2年生の時に日本代表入り、ドーハの悲劇とジョホールバルの歓喜を経験、98年W杯フランス大会に主将として出場。代表通算122試合。引退後は北京五輪代表コーチ、柏コーチ、福岡監督、柏監督を務めた。現在は解説者、6月にU―20Jリーグ選抜監督も務めた。7月から韓国2部・水原コーチ。

この記事のフォト

「サッカーコラム」特集記事

「日本代表(侍ブルー)」特集記事

サッカーの2025年7月26日のニュース