×

【井原正巳 我が道22】加茂周新監督で世界へ挑戦 「ゾーンプレス」に手応え感じる

[ 2025年7月23日 07:00 ]

新生日本代表をめざし、ガッチリと握手する加茂周新監督(左)と加藤久新強化委員長
Photo By スポニチ

 日本代表は94年12月に加茂周監督が就任した。日産や横浜フリューゲルスの監督として実績もあったし、私も日産に入社する時に話を聞いて決断した。初陣は95年1月にサウジアラビアで開催されたインターコンチネンタルカップ。92年秋のアジアカップ優勝で獲得した出場権で、勝てばこういう真剣勝負の場も得られてチームが成長できる。ナイジェリア、アルゼンチンと対戦したが、日本はオフ明け、対戦国は欧州各国のリーグがシーズン中でコンディションが良く、個人技やスピード、決定力、ゴール前の堅さなど、まだまだ世界のトップとは差があることを学んだ。

 加茂さんは「ゾーンプレス」という戦術を駆使していた。プレッシングサッカーとも言われ、コンパクトな陣形から相手のボールを持った選手に対して、複数の選手で奪いに行ってショートカウンターでゴールを狙う。「世界の強豪を相手にどれだけできるか」と思って、チャレンジしたが、ボールを奪うことができたし、オフサイドも取れた。ただ、その先のゴールを奪うことはまだまだだったが、戦い方としては間違っていないという手応えがあった。

 この年から、強化試合はアウェーの国際Aマッチで行う方針になった。6月の英国遠征では、ウェンブリーでイングランドと対戦、プレミアリーグ得点王のシアラーらがいて1―2で敗れた。翌年の自国開催の欧州選手権へ向けた強化の一環で、選手は代表入りを目指して真剣だった。私もゴールを決め、ウェンブリーでアジアの選手が決めた初ゴール。ブラジル、スウェーデンとも対戦し、1分け2敗だったが、多くの収穫があった。

 サポーターの反応も日本とは違い、ゴール前の攻防だけでなく、DFラインからパスをつなぎながら前に進んだ時に拍手が起きたり、サイドチェンジのパスが通ったときに歓声が湧いた。国際Aマッチをアウェーでやることがいかに大切かということも実感した。

 だが、11月に日本サッカー協会の強化委員会が加茂監督の交代を提案、後任にV川崎のネルシーニョ監督を推した。最後は協会の長沼健会長が加茂監督の続投を決断したが、ネルシーニョ監督が「どんな箱にも1つや2つは腐ったみかんがある」と協会を批判した。私たち選手は加茂さんに日本代表に選ばれている立場。「こういう話が出てくるのは、選手にも責任がある」と加茂さんに申し訳なく思った。

 年が明けて96年1月には前園真聖らU―23日本代表がアジア予選を勝ち抜き、28年ぶりにアトランタ五輪出場を決めた。アジア最終予選はクアラルンプールで行われた。出場を決めたサウジアラビア戦はちょうど私がAFCの年間最優秀選手に選ばれ、表彰式で現地にいて、スタンドで観戦した。7月の五輪本大会では1次リーグでブラジルを破った。GK川口能活ら横浜Mのチームメートも選ばれていて、世界を経験した彼らの突き上げは、私たちにもいい刺激だった。

この記事のフォト

「サッカーコラム」特集記事

「日本代表(侍ブルー)」特集記事

サッカーの2025年7月23日のニュース