鈴木 あらためて思う…命懸けの職業「騎手」

[ 2009年1月21日 08:07 ]

 【走論書く論=鈴木正】昨年末、愛知杯で重賞初騎乗Vを決めた若手のホープ、宮崎北斗にインタビューした時、心に残る一言があった。「自分なりの縁起担ぎはあるか」との質問に「競馬に向かう前、部屋を掃除する」と答えた。理由は聞かなくても分かった。

 84年ロサンゼルス五輪柔道金メダリストの山下泰裕さんは、試合に臨む前、必ず部屋を掃除し、体を清めて出掛けたとの記事を読んだことがある。「試合でいつ命を落とすか分からない。もしそうなった時にみっともないのは困る」と名柔道家は語っていた。アスリートはここまで覚悟して人生を送っているのかと胸が痛くなった。まだ19歳の宮崎も、おそらく山下氏と同じ気持ちで部屋の掃除をしているのだろう。

 07年2月24日、阪神4R障害戦で落馬して脳挫傷を負い、今も復帰を果たせずにいる石山繁騎手(31)。死線をさまよい、一命を取り留めた後の壮絶なリハビリに付き添った衣織(いおり)夫人の記録「落馬脳挫傷」(エンターブレイン刊)を読んだ。明日をもしれぬ状態から、石山は目を開け、しゃべりだし、奇跡の生還を遂げる。それを読んだだけでも感動だが、本当の闘いはそこから始まる。

 激しい物忘れ。底なしの食欲。対人調整能力が壊れたのか、見舞いに来た知人に悪態をつく。脳挫傷は石山を石山でない人物にしてしまった。何度も心が折れそうになる夫人。だが、夫への深い愛情と子供たちの笑顔に支えられて懸命に踏ん張り、徐々に回復していく石山と力強く歩きだす。

 石山とはサイコーキララ(00年4歳牝馬特別優勝。同年桜花賞1番人気)が活躍したころ、よく話した。「浜田先生に恩返しがしたい」が口癖の好漢がこんなに苦しんでいるとは知らなかった。石山は今もターフに復帰する夢をあきらめていない。先輩騎手の自宅で木馬にまたがり、かつてコンビを組んで重賞を制した馬に会いに行く。2時間以上かけて歩いてトレセンに行き、騎手の健康診断を受けた。石山のホースマン魂に胸が熱くなる。

 あらためて思う。騎手は途方もなく危険な職業だ。競馬場で時々「落ちろ!!」などというバ声を聞く。どうか騎手やその家族の気持ちを思いやって、心ないヤジはやめてほしい。馬券を買って競馬を楽しめるのは、命を懸けた騎手たちがいるおかげ。感謝の気持ちを持ちながら競馬を楽しもうではありませんか。

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2009年1月21日のニュース