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【1981年11月】サヨナラ模様/国鉄マン・伊藤敏博 どんなに売れてもノーギャラだった

 ★81年11月ランキング★
1 ギンギラギンにさりげなく/近藤真彦
2 風立ちぬ/松田聖子
3 グッドラックLOVE/田原俊彦
4 キッスは目にして!/ザ・ヴィーナス
5 悪女/中島みゆき
6 サヨナラ模様/伊藤敏博
7 ス・ト・リ・ッ・パ・ー/沢田研二
8 みちのくひとり旅/山本譲二
9 ハロー・グッバイ/柏原よしえ
10 少女人形/伊藤つかさ
注目センチメンタル・ジャーニー/松本伊代
※ランキングは当時のレコード売り上げ、有線放送、ラジオ、テレビのベストテン番組などの順位を参考に、話題性を加味してスポニチアネックスが独自に決定。

【サヨナラ模様/伊藤敏博】

 歌がいくら売れても懐に入ってくるのは印税収入だけ。コンサートを開いても、テレビ出演しても25歳のシンガーソングライターはいわゆる“ギャラ”を受け取ることができなかった。

 第21回ポピュラー・ソングコンテスト(ポプコン)でグランプリを獲得した伊藤敏博の「サヨナラ模様」は5月発売ながら、北陸地方のラジオ、有線放送から火がつき、レコード売り上げも伸びて一気にヒット曲に登りつめた。もの悲しいギターの音色とともに女性が好きな男性と別れた情景が歌われ、サビの部分の「だから ねえ ねえ ねえ ねえ 抱いてよ」の歌詞は印象に残った。

 その伊藤の本職は歌手ではなく、なんと国鉄(現JR)職員。当時の金沢鉄道管理局富山車掌区に勤務する電車の車掌だった。国鉄の規定で副業は禁止。出版物と同類にみなされた、レコードの印税は認められたが、その他はすべてノーギャラ。月給11万9800円から大きく生活が変わることはなかった。

 国鉄マンと歌手の二足のわらじ。ポプコンで優勝しながら、堅い職業を辞めなかったのは1つの経験からだった。「サヨナラ…」をリリースする1年前、伊藤はレコードを発売したことがあった。しかし、全く売れずに歌手という職業の厳しさを知った。そのため周囲が歌手としての一本立ちを促してもこれに応じなかった。活動拠点も東京ではなく、勤務地の富山のままに。「レコーディングで東京に行った時に決めた。東京は住むところじゃない」。

 TBS「ザ・ベストテン」にも出演し、富山の車両基地から電車をバックに歌い、人気が全国区になると、勤務先にファンから電話がかかってくるようになった。「伊藤さんはどの電車に乗っていますか」。乗務する電車を狙って、一緒に乗り込もうとする女性が毎日のようにやってきた。

 25万枚以上を売った「サヨナラ…」に続いて「青春18」という曲を歌った。あの「青春18きっぷ」のキャンペーンソングだった。国鉄のPRにもひと役買ったが、87年の民営化とともに退職。歌手一本で生きていくことになった。

 途中うつ病にかかりながらも復活。今でも北陸を拠点に音楽活動を続けている。

[ 2011年11月1日 06:00 ]

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