篠原勝之さん死去 84歳 本人がメッセージ「旅にいきます。アバヨ」 愛された「ゲージツ家のクマさん」

[ 2026年4月25日 14:59 ]

篠原勝之さんインスタグラム(@gejitsukakumax)から

 独特の話術でテレビタレントとしての活躍し「ゲージツ家のクマさん」と親しまれた美術家の篠原勝之(しのはら・かつゆき)さんが死去したことが発表された。84歳だった。札幌市出身。

 公式インスタグラムで「篠原の体調についてご心配をおかけしておりましたが、4月17日に他界いたしました」と発表。「いつもあたたかく見守っていただき、お力添えを賜りましたことに、心より感謝いたします。ありがとうございました。本人の遺志により通夜葬儀は行わず、20日に親近者で旅立ちを見送りました」と記された。

 「ヒトからどう見られようと、どんな時も、今おかれている状況を面白がって、一生懸命に力のかぎりを尽くす。その在りようは最後の最後まで変わりませんでした。『残っている力をぜんぶ出しきって終わりたい』語っていた通りに離陸(晩年、好きで使っていた言葉です)しました」と篠原さんの最期がつづられた。

 さらに「亡くなる日の朝、篠原から口頭で託された皆さまへのメッセージを以下に記します」とし「ついにね、オサラバの時が きちゃったよ。いろいろ、みんなに親切にしてもらって ありがとう。いっぱい感謝して、旅にいきます。アバヨ KUMA」と記された。

 篠原さんは、武蔵野美術大学を中退。唐十郎さん率いる「状況劇場」で舞台美術やポスターを手がけ、芸能界と関係を持った。溶接オブジェを得意とし、自身を「鉄のゲージツ家」と称して、鉄や土を素材とした独創的な創作活動を展開しました。

 また、文筆家としても高く評価されており、09年「走れUMI」で小学館児童出版文化賞、15年には「骨風」で泉鏡花文学賞を受賞した。

 タレントとしても広く親しまれ、タモリ司会の「笑っていいとも!」や、ビートたけし司会の「たけしの誰でもピカソ」など多くの番組に出演。頭をそり上げた風貌と、独特の話術で茶の間「クマさん」の愛称で茶の間の人気を集めた。

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