ハイスタ「修復不可能」と言われたメンバーの仲 当時のSNS投稿反省した難波「心のバランス失ってた」

[ 2026年4月20日 19:39 ]

「Hi-STANDARD」のベースボーカル・難波章浩
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 ロックバンド「Hi-STANDARD」が19日放送のABC・テレ朝系「EIGHT-JAM」(日曜後11・15)にVTR出演。インタビューに応じ、活動休止の真実を赤裸々に語った。

 アルバムのミリオンヒット、主宰フェス「AIR JAM」での35000人動員など熱狂的なファンを生んだ“ハイスタ”。人気絶頂の2000年に突如、活動休止を発表し衝撃を与えた。ギター・ボーカルの横山健は「2000年のAIR JAM前に、僕がメンタルを崩しまして。“一回止まりましょう”としてくれた」と理由を説明。ただ、活動休止期間が11年に及ぶとは「当時思ってなかった」。

 ボーカル・ベースの難波章浩は「建くんから話を聞いて、まずは休もうって。負担が凄かったんだな、申し訳ない、ひとりで抱えてくれてたのかな…とかいろんな気持ちがわいた」と回想。その後、バンドができないのに東京にいることが辛くなり、難波は沖縄に居を移した。

 当時、難波も休止は数年程度と想定。沖縄に発つ時、横山が見送りに来てくれるほど仲は良好だった。だが休止の間に、2人の状況は一変。難波は「(周囲が)復活しないんじゃないかって思わせたのは、僕が悪かった。沖縄で癒やされてるとはいえ、寂しさが凄いことになってたんだと思う」と告白。「きょうはここまで話したから言っちゃうけど…」と切りだし、「僕も心のバランスを失ってた」と話した。

 「今はお酒はやめたんですよ、一生。だけど沖縄にいるときは、めちゃめちゃお酒を飲んじゃった」といい、SNSで「よく分からないことを発信してる。そういう時ってほぼほぼ酔っ払ってるんですよ」と反省。仲間を傷つけるようなSNSの投稿をファンも目にし、険悪な関係性を周囲は察した。

 難波は「そんな自分がイヤだった。腱くんとどんどん仲悪くなっていくのもイヤだった。溝が広がっていって、ほんとに修復できないかもって思わせちゃった。でも酔っ払って“関係ねーよ!”みたいなこと言って。ハイスタを好きなみんなのことまで考えられなくなっちゃった時期もあったかも」と打ち明けた。

 メンバーは疎遠になっていたが、転機は2011年に発生した東日本大震災だった。AIR JAMを開催しハイスタで出演することを打診した難波に、横山も「その時の日本には光が必要だと思ったので、やろうか!と」と即決。「横山と難波は修復不可能な間柄だと言われてた。僕もナンちゃんもきっとそう思ってた。でも勇気を持って僕にAIR JAMやんない?って言ってくれた」と、難波の思いを受け止めた。

 横山は「すごく小っちゃいけど、生きてる以上持ってなきゃいけない意地だったんですよ、お互いきっと」と11年間に思いを馳せ、「大変なことになった日本を前にしたら、今までのことはとりあえずいいよ、やろっかとなりましたね」と心の変化を語っていた。

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