石原良純 かつて石原軍団を救った“大恩人”明かす 親子出演した本人は「学芸会のつもりで」

[ 2026年2月13日 14:05 ]

石原良純
Photo By スポニチ

 俳優の石原良純(64)が、12日放送のテレビ朝日系「祝!徹子の部屋50周年 めでたすぎてお祝いが止まらないSP」(後8・00)に出演。かつて所属した石原プロモーション(石原軍団)を救った“恩人”について語った。

 同番組は、1日に放送した「祝!徹子の部屋50周年 超豪華!芸能界総出でお祝いSP」の延長戦。ゲスト出演した俳優で歌手の寺尾聰に対し、司会の黒柳徹子は「もともと俳優はやりたくなかったんですって?」と質問。寺尾は「やるつもりはなかったんですけど、高校1年で挫折、挫折だったもんですから」と振り返った。

 そして「何やろうかなってウロウロしてた時に、親父も心配したんでしょうね、最終的には(石原)裕次郎さんのところに入れられたっていう」と明かした。

 すると良純は「石原プロができて自主的に映画を作る時に、それこそ5社協定の時代に、劇団民芸の宇野重吉さんが“うちは協力する”って言ってくださったんで、石原プロが映画を作れるようになった大恩人」と、寺尾の父で戦後を代表する名優・演出家の宇野重吉さんの名前を挙げた。

 これに寺尾は「(石原さんと)大変仲良くしてたみたいで、フラフラしてた僕に“荷物でも担ぎに来い”」と誘われたことを明かし、「最初は甘い言葉で、“アルバイト料をやる”って言われて行ったら、(映画に)出ることになった」と打ち明けた。

 そして「“アルバイト料は少し値上げしてやるから”って、黒部の太陽に出ることになった」と、1968年に三船プロとの共作で映画化した大ヒット作への出演の経緯を語った。当時53歳だった父・宇野さんと親子役で出演した寺尾は「その時は、出るけどまだ俳優をやる気持ちは全然ない頃。学芸会のつもりでやってた」と語っていた。

続きを表示

「石原良純」特集記事

「美脚」特集記事

芸能の2026年2月13日のニュース