高田純次 大ヒット曲「ルビーの指環」秘話明かす「僕は30歳ぐらいまで宝石会社で仕事をしていた」

[ 2026年2月13日 12:50 ]

高田純次
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 タレントの高田純次(79)が、12日放送のテレビ朝日系「祝!徹子の部屋50周年 めでたすぎてお祝いが止まらないSP」(後8・00)に出演。昭和の名曲にまつわる裏話を披露した。

 同番組は、1日に放送した「祝!徹子の部屋50周年 超豪華!芸能界総出でお祝いSP」の延長戦。1981年に発売され大ヒットした寺尾聰の「ルビーの指環」の話題になると、高田は「僕は30歳ぐらいまで宝石会社で仕事をしていた」と切り出した。

 そして「一応、ジュエリーデザイナーでやってた」といい、「寺尾さんの“ルビーの指環”でとてつもなく売れて」と回想。「どこの卸会社も全部ルビーを仕入れて。だから相当、寺尾さんに感謝のアレがいったと思う」と想像した。

 すると寺尾本人も認めながら「日本宝石ナントカ組合の一番エラい方が、“感謝状を渡したい”って言ってくれて」と告白。「もらいに行って、そしたらこんなにデカいルビーをプレゼントしてくれて」と、人差し指と親指で輪を作ってサイズを表現しつつ、懐かしんでいた。

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