加藤一二三さん死去 86歳 77歳5カ月まで現役 医師も驚く「驚異の生命力」 三女「最後まで勝負師」

[ 2026年1月23日 05:15 ]

加藤一二三さん死去 86歳

22年、文化功労者に選ばれ、記者会見で笑顔を見せる将棋の加藤一二三さん
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 「ひふみん」の愛称で親しまれた将棋棋士の加藤一二三(かとう・ひふみ)九段が22日午前3時15分、肺炎のため都内の病院で死去した。86歳。福岡県出身。史上初の中学生棋士として1954年8月に14歳7カ月でプロデビュー。名人を含むタイトルは通算8期を獲得した。史上最年長の77歳5カ月まで現役を続け、引退後はバラエティー番組などで活躍し、お茶の間で人気を博した。

 天才棋士が静かに息を引き取った。

 加藤さんは昨年11月ごろに体調を崩して入院。関係者によると、尿道から菌が入って肺炎と診断され、その後、入退院を繰り返した。三女の百合さん(50)によると、21日午後8時の面会終了時には「少し苦しそうだった」といい、22日午前1時前に病院から「血圧が下がっている」と連絡が入った。妻や百合さんら家族が集まった時にはすでに心拍がなかったが、触れた手足にはぬくもりがあり、百合さんは「最期まで頑張ってくれたんだと思います」としのんだ。安らかな顔をしていたという。

 加藤さんは若くして頭角を現し、14歳7カ月で史上初の中学生プロとなった。この年少記録は2016年、藤井聡太王将(23)=6冠=が14歳2カ月で棋士となるまで破られなかった。「神武以来(このかた)の天才」と呼ばれ、55年には第1回六・五・四段戦で棋戦初優勝。60年には名人戦でタイトル初挑戦を果たした。69年には十段戦で初戴冠。82年の名人戦では持将棋(引き分け)、千日手局を含め10局を戦う死闘の末、中原誠名人を下し、悲願の名人獲得を達成した。

 将棋の実力だけでなく、対局中は相手側に仁王立ちして盤面を凝視する「ひふみんアイ」や、うな重を連続注文して平らげる大食漢ぶりなどユーモラスな個性を発揮。熱心なカトリック教徒としても有名で、対局中の控室では賛美歌を口ずさむこともあった。

 通算成績は1324勝1180敗で、勝ち数は史上4位。2016年のクリスマスイブには藤井のプロデビュー戦で対局し敗れた。00年には紫綬褒章を受章、22年には文化功労者に選ばれている。

 17年6月20日の竜王戦6組で高野智史四段に敗れ、規定により引退。同時期にデビュー29連勝を飾った藤井の大フィーバーもあってテレビ出演などが急増した。甲高い声で速射砲のようにコメントする姿が将棋ファン以外からも受け、一躍お茶の間の人気者となった。

 百合さんによると、入院中はベッドで詰め将棋の作成、藤井の棋譜並べなどを精力的にこなした。医者には「驚異の生命力」と驚かれ、今春にはオンライン講習会やイベントなども計画。死去前には大山康晴十五世名人、升田幸三・実力制第4代名人との個人的な思い出も語っていた。最期をみとった百合さんは「最後まで勝負師でした」と振り返った。

 昭和から平成、そして令和でも存在感に満ちあふれた名棋士。最後まで将棋熱が冷めることはなかった。

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