林家そめすけが「二代目林家染団治」襲名を発表「染団治の名前、自分の創作落語を後世に残したい」

[ 2026年1月15日 12:54 ]

「二代目林家染団治」の襲名を発表した林家そめすけ
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 落語家の林家そめすけ(59)が15日、大阪市内で二代目林家染団治を襲名することを発表。11月に60歳の還暦を迎えるそめすけは「染団治の名前、自分の創作落語を後世に残したい」と決意を語った。襲名披露公演は4月12日(朝日生命ホール)に開かれる。

 そめすけは7、8年前に「染団治」の名前を知った。3年前に師匠の染丸に相談すると「ええけど、年季も明けてへんのに」と言われたそうだ。「30年やってて明けてなかったんやと気づきました」と苦笑い。「ちょうど還暦を迎えるので、いいかなと思った」と襲名を決めた。

 先代染団治についての数少ない資料や、芸能史研究家の前田憲司氏の話を総合すると、初代染団治は大正末期に東京で漫才コンビとして活躍。関東大震災を機に大阪へ移って二代目林家染丸に入門して落語家に転身。その後、再び上京して漫才の道へ戻り、東京の漫才協会の初代会長を務めたという。

 一方、大阪市出身のそめすけは高校卒業後、漫才コンビ「こあじコースケ」として活動したが、91年4月に四代目林家染丸に入門して落語家へ転身。当初は「染輔」を名乗ったが、テレビ番組がきっかけで「そめすけ」に改名した。兄弟弟子の花丸によると「漢字を勝手に平仮名にしていて、みんな驚きましたよ。“言わなアカンのか?”って。師匠の染丸に言うと、“ついでに林家も取ったらどや”と言われて」と当時のエピソードを披露し、笑いを誘った。

 そめすけは落語以外にもモノマネタレントとして「ABCものまね新人グランプリ」を受賞した異色の噺家だった。順番は違えど落語と漫才の両方を職とした境遇も先代染団治と似ている。ただ、天満天神繁昌亭での出番は落語よりも“色物”としてのモノマネの出番が多かった。40歳を機に「10年後、20年後の自分が見えない」と色物での出番を断り、落語に専念。中でも創作落語が得意で、11年から「大阪人情落語24区」として24作の創作落語に力を注ぎ、昨夏ついに完成した。

 創作落語の基本は大阪の下町の日常生活が題材。自身、大阪市西成区のコアなナニワの下町で生まれ育ち、変わりつつある故郷を思うことがある。「こだわりはひと昔前の下町」。自分の周りの実話も散りばめられているという。仁智も「中でも“通天閣に灯がともる”はホロッとくるいい話」と絶賛した。

 師匠の染丸は病気療養中。筆頭弟子の3代目林家染二(64)は「そめすけが漫才をやっていた頃に知り合い、師匠を紹介した。明るくおもしろいキャラ。林家、上方落語界を牽引してもらいたい」と弟弟子にエールを送った。

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