「タマネギ頭」と名付けたのは久米さん 黒柳徹子「“さよなら”は言いたくない」

[ 2026年1月14日 05:07 ]

久米宏さん死去 81歳

「ザ・ベストテン」の司会でコンビを組んだ久米宏さん(左)と黒柳徹子
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 久米さんはTBSアナウンサー時代、「ザ・ベストテン」「ぴったしカン・カン」など数々の人気番組を担当。共演者と息の合った軽妙な司会ぶりで人気を博した。

 1970年代に出演していた放送作家・永六輔さん(享年83)とのラジオでリスナーを飽きさせないトークを展開していることを知った萩本欽一(84)が「テレビ向き」と考え、75年に「ぴったし」の司会に抜てきした。そして期待通り、それまでの局アナらしからぬユーモアあふれるツッコミと進行でお茶の間に新たな笑いを呼び込んだ。

 爽やかな雰囲気で女性人気も高く、ファンクラブも存在。“タレントアナ”の先駆けでもあった。局アナも主人公になれる。そんな道を切り開いた伝説のアナウンサーだった。

 「ベストテン」でともに司会を務めた黒柳徹子(92)は自身のSNSで追悼。「“さよなら”は言いたくない」とつづり、ツーショットを添えてしのんだ。

 番組開始から7年間共演し2人のマシンガントークが名物に。また、久米さんが黒柳の髪形を「タマネギ頭」と名付けるなど、11歳の年齢差を感じさせない関係性がさらなるユーモアを生んだ。そんな良き相棒を失った黒柳は「あなたとのナマ放送の厳しい、やりとり懐かしい」とつづった。

 近年も交流があり、黒柳が設立した「トット基金」の理事に久米さんが就任。昨年12月の理事会を久米さんが欠席したことで「“どうしたの?”と手紙を出した。返事は来なかった」と心配していたことを明かした。そしてこの日の訃報。「“私の涙が見えますか?”本当に友達でいてくれてありがとう」と天国へ呼び掛けた。

 ▽ザ・ベストテン 1978年1月19日から89年9月28日までTBSで生放送された伝説的音楽番組。全603回。黒柳と久米さんのマシンガントークで時代を彩った歌手たちの素顔を引き出した。スタジオに来られない歌手はリポーターが追いかけて生中継。新幹線のホームや街頭、レコーディングのスタジオなど、さまざまな場所から歌声を届けた。最高視聴率は41.9%だった。

 ▽ぴったしカン・カン 1975年10月7日~86年3月25日にTBSで放送されたクイズ番組。初代司会が久米さん。萩本欽一(84)と坂上二郎さんがチームキャプテンを務め、タレントや一般視聴者とチームを組み、“カン”を頼りにクイズに挑戦。2003年には安住紳一郎アナ(52)が司会で「ぴったんこカン・カン」としてリメークされた。

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