【藤あや子 我が道14】聞かせどころに余計な注文 サビが歌いにくく感じて…

[ 2025年12月14日 07:00 ]

「むらさき雨情」のジャケット
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 「こころ酒」と同じ、作詞・三浦康照さん、作曲・山口ひろしさんのコンビで作られたのが1993年4月1日に発売された「むらさき雨情」です。この作品も91年11月発売の「ヒット全曲集92」というアルバムに収録されており、発売2年前にできていました。♪いのちを惜しむ 私なら あなたについて 行かないわ…。いちずに人を愛する思いを雨に重ねた作品は、私にとって名曲だと思っています。おかげさまで、この曲もすっかり藤あや子の代表作となりました。

 実は、作曲された「山口ひろし」さんこと中村典正先生に余計なことを言ってしまった恥ずかしい思い出があります。レコーディング前に中村先生のお宅にレッスンに伺っていた時のことです。サビで♪むらさきの雨、雨に…と「あめ」が繰り返されるのがアクセントになっています。しかし練習で、どうも歌いにくく感じました。松前ひろ子先輩の旦那さまだった、温厚な中村先生への甘えもあったのでしょう。つい「先生、どうしてもこの部分が歌いにくいので、変えられませんか?」と言ってしまいました。すると、先生は困惑した顔で「いや、ここが良いんだよ。僕はここが気に入ってるんだ」と淡々と説明されました。もともとご自身も歌手だった先生。作曲家に転身後、北島三郎さんの「仁義」など勇ましい男歌を得意とされていました。おそらく初めて挑まれた女歌が「こころ酒」と「むらさき雨情」だったはず。いろいろ工夫して色っぽい歌を作られたのでしょう。なのに私は妙な注文をつけてしまって…。今思い出しても、赤面ものです。

 作詞の三浦先生は歌作りのために必ずロケハンに行かれていたそうです。いろいろな場所に身を置いて、詞のイメージを膨らませたのでしょう。「こころ酒」は北海道に旅行され、函館で作られたと伺いました。「むらさき雨情」は、なんとカナダのバンクーバーで書かれたそうです。のちにテレビ番組のロケでバンクーバーを訪問する機会を頂き、かつて先生が泊まられた同じホテルに宿泊しました。しかし、日ごろの行いが良いのか悪いのか、私の滞在中、一滴も雨が降りません。先生が部屋の窓を開けて眺めたら、紫色に煙って見えたという雨の景色。あいにくと私は見ることができませんでしたが、先生が歌に込められた思いはかみしめてきました。

 三浦先生には、先生が2016年に90歳で亡くなられるまで「麗人草」(曲・小野彩、15年)など8作品を頂きました。「み・れ・ん」(詞・吉田旺、95年)も書かれた中村先生には、令和最初の作品「ふたり道」(詞・小野彩)を作曲してもらいました。しかし、曲を頂いた直後の19年8月に83歳で亡くなられ、残念ながら遺作となってしまいました。

 そもそも、お二人のコンビによる「こころ酒」「むらさき雨情」の2作品のおかげで、藤あや子は世に出ることができました。今もずっと、感謝の気持ちしかありません。

 ◇藤 あや子(ふじ・あやこ)1961年(昭36)5月10日生まれ、秋田県角館町(現・仙北市)出身の64歳。民謡歌手として活動後、87年に村勢真奈美の芸名で「ふたり川」でデビュー。89年、藤あや子に芸名を変え「おんな」で再デビュー。92年「こころ酒」で日本有線大賞を受賞、第43回NHK紅白歌合戦に初出場、21回出場している。新曲「想い出づくり」など「小野彩(このさい)」のペンネームで作詞・作曲も行う。

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