仲代達矢さん 二枚目から悪役まで幅広い演技で魅了 名匠たちに引っ張りだこ

[ 2025年11月12日 05:30 ]

NHK土曜ドラマ「破裂」取材会に登場した仲代達矢さん(2015年撮影)
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 黒澤明監督の映画「影武者」「乱」や小林正樹監督の「人間の條件」シリーズなどに主演した俳優、仲代達矢(なかだい・たつや、本名元久=もとひさ)さんが8日午前0時25分、肺炎のため都内の病院で死去した。92歳。東京都出身。葬儀は関係者で行う。お別れの会は予定していない。

 現代劇、時代劇を問わず、二枚目から冷酷な殺し屋、狂気に満ちた将軍まで幅広い役どころで観客を魅了し続けた仲代さん。特に1959~61年に6部作で公開された代表作「人間の條件」(監督小林正樹)での戦地に送られ苦悩する男の役など、戦争・反戦映画に多く出演しているが、その根底には少年時代の壮絶な戦争体験があった。

 1945年、12歳の時に東京で空襲に見舞われ近所に住む少女の手を引いて逃げ惑っていたところ、突然その重みがなくなった。少女が焼夷(しょうい)弾の直撃を受け、残されていたのは少女の腕だけだったのだ。そのショックは80代になってからも夢に見るほど大きく、常に仲代さんの胸に刻まれていた。

 映画デビューは黒澤明監督の「七人の侍」。セリフのない浪人役だったが、黒澤監督から「歩き方が変だ」とNGを出され続け、わずか1カットの撮影に6時間以上を要した。61年「用心棒」で黒澤監督からオファーを受けるが、かつての苦い経験から「立派な役者になって、二度と黒澤組には出ない」と心に決めていた仲代さんは固辞。60年「悪い奴ほどよく眠る」のオファーも断っていたため、結果、黒澤監督に直々に説得されて出演を決め、その後の名コンビの礎となった。

 小林、黒澤両監督のほかにも岡本喜八監督、山本薩夫監督、五社英雄監督ら名匠たちの大作、話題作に引っ張りだこになり、映画各社から専属契約を打診されたが、舞台に軸足を置いていたことなどを理由に常にフリーで活動。他社の作品には出演できない五社協定の枠にとらわれずに活躍できたことも、仲代さんの俳優としての地位を押し上げる一助となった。

 75年に若手の育成を目指して妻の宮崎恭子さんと設立した無名塾は、自宅の稽古場に仲代さんを慕う若者が自発的に集まるようになったのがきっかけで、77年から塾生の公募を開始。学費は無料で、仲代さんの指導を直接受けられることから応募者が殺到し「劇団の東大」と呼ばれるほどの狭き門となった。

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