仲代達矢さん死去 92歳、肺炎 戦後の銀幕、演劇界けん引した日本が誇る名優がまた…

[ 2025年11月12日 05:30 ]

10年、本紙インタビューに応じる仲代達矢さん。8日、肺炎のため92歳で死去
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 黒澤明監督の映画「影武者」「乱」や小林正樹監督の「人間の條件」シリーズなどに主演した俳優、仲代達矢(なかだい・たつや、本名元久=もとひさ)さんが8日午前0時25分、肺炎のため都内の病院で死去した。92歳。東京都出身。葬儀は関係者で行う。お別れの会は予定していない。長年、劇団「無名塾」も主宰し役所広司(69)らを育てた。今年6月まで舞台に立ち、最後まで現役を貫いた役者人生だった。

 映画界と演劇界を自在に横断し、歴史に残る作品を残した名優が旅立った。

 所属事務所によると、仲代さんはケガをして1、2週間前に入院し、肺炎を併発。養女で女優の仲代奈緒(51)にみとられて亡くなった。無名塾の公式サイトでは「次回公演に向けた稽古を始めていたところでした」と急死だったことを伝えた。先月10日には、名誉館長を務める「能登演劇堂」(石川県七尾市)での無名塾の舞台「幽霊」の初日公演を観劇。演劇堂関係者は「これまでと変わらずお元気そうだった。“またここで演じたい”とおっしゃっていて、突然のことに大変驚いている」と絶句した。来年3月には演劇堂で無名塾の「等伯―反骨の画聖―」を演出する予定だった。

 出演映画が、米アカデミー賞をはじめカンヌ、ベネチア、ベルリンと世界3大映画祭で賞を獲得するなど、世界的に有名だった仲代さん。俳優としてのスタートは1952年、19歳で俳優座養成所に入所した時だった。

 55年に養成所を卒業し俳優座に入団。翌56年に映画「火の鳥」に、スターだった月丘夢路さんの相手役で出演。59年に小林監督の全6部構成の大作映画「人間の條件」の主人公に抜てきされ、反戦思想ゆえに戦場で苦悩する男を演じきり、俳優としての地位を確立した。彫りの深い、ギョロリとした目で存在感も抜群で、黒澤監督からも「用心棒」「椿三十郎」などで三船敏郎さんの敵役で重用された。80年には「影武者」で勝新太郎さんの代役として武田信玄を演じ、注目を集めた。

 仲代さんは若手俳優を育てることにも情熱を注いだ。俳優座で知り合った妻の恭子さんとともに、自宅の庭に俳優養成所「無名塾」を創設。ほぼマンツーマンで指導し、役所広司、益岡徹(69)、若村麻由美(58)ら実力派を輩出した。96年に恭子さんが死去後も閉鎖することなく、今年は50周年という記念の年だった。

 仲代さんは恭子さんと旅行に訪れた石川県七尾市に魅せられ「第二のふるさと」と愛して交流。その縁で、95年に同市に誕生した能登演劇堂の名誉館長に就任した。最後の舞台は能登演劇堂、6月22日に千秋楽を迎えた「肝っ玉おっ母と子供たち」だった。「俳優としての訓練が楽しい。うまい役者になりたい」と語っていた仲代さん。その役者人生が、静かに幕を下ろした。

 ≪海外で数々の受賞≫仲代さんの出演作では「乱」が米アカデミー賞で、ワダ・エミさんが「衣装デザイン賞」を受賞。カンヌ国際映画祭では「影武者」が最高賞のパルムドールに輝いた。ベネチア国際映画祭では「上意討ち 拝領妻始末」が国際映画評論家連盟賞、ベルリン国際映画祭では「裸の太陽」が青少年向映画賞を受賞した。

 仲代 達矢(なかだい・たつや)1932年(昭7)12月13日生まれ、東京都出身。定時制高校を卒業後、52年に俳優座養成所に入所。名演出家・千田是也氏に師事し「ハムレット」「四谷怪談」などに出演。妻の恭子さんとの間に子供はいなかったが、恭子さんの妹で元フジテレビアナウンサーの宮崎総子さんの実娘・奈緒を4歳の時に養女に迎えた。07年に文化功労者、15年に文化勲章受章。

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