役所広司 悲痛…コメント出せず 芸名の名付け親だった仲代達矢さん死去

[ 2025年11月12日 05:30 ]

83年、役所広司(左)に剣術指南をする仲代達矢さん
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 仲代達矢さんの突然の訃報を受け、芸能界に悲しみが広がった。仲代さんが主宰する無名塾の第2期生として師匠として慕い、芸名をつけてもらった役所広司(69)は悲しみに暮れ、コメントができない状況。仲代さんに憧れていた俳優らからは惜しむ声が相次いだ。

 仲代さんの訃報が伝わると、役所は言葉を失った。所属事務所は「突然のことでショックが大きく、コメントなどを出せるような状況ではない」と悲痛な様子を明かした。

 元々俳優志望ではなかった役所。千代田区役所に勤めていた頃に仲代さんの出演舞台を観劇して感銘を受けた。演技経験はなかったが1978年に無名塾の門を叩き2期生として入塾した。

 無名塾では演技だけでなく、時間を守ることやあいさつの大切さなども教わった。芸名を考えたのも仲代さんで、役所勤務だったから「役所広司」、長崎県諫早市出身だったから「諫早広司」、仲代さんのなじみの青果店の屋号から「八百作広司」を提案し、現在の名前に決まった。

 役所が国民的俳優になっても交流は続き、毎年お中元としてスイカを自宅に届けるのが恒例になっていた。2023年に主演映画「PERFECT DAYS」でカンヌ国際映画祭の最優秀男優賞を受賞すると、仲代さんは愛弟子の快挙を自分のことのように喜んだ。

 他の塾生たちも悲しみに暮れた。4期生の益岡徹(69)は「ここ数年いつかこの日が来ることを心しておりました。役者を目指して以来45年師匠として、また心のよりどころとしてあり続けてくれました」と追悼。すでに棺の中の仲代さんと対面を済ませたといい「もう一度親を亡くしたように感じました」としのんだ。

 9期生の若村麻由美(58)は「私にとって恩師、仲代達矢さんは演劇の父です。奥さまの宮崎恭子さんとともに時間と情熱をかけて育ててくださったことに感謝しかありません」と別れを惜しんだ。6月には仲代さんの最後の舞台となった「肝っ玉おっ母と子供たち」を観劇したといい「“また一緒にやりましょう!”と未来に向けた言葉を頂いたのが最後となりました」と悲しみを隠せずにいる。

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